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タコ魔神様の特盛チュートリアル

 蛸の魔神ズヘオラ様は、くるりとカールした足先で器用に涙をぬぐって、それとはまた別のもう一本の足で俺が口にくわえているたばこの火を消した。粘膜がジュッと音を立てるが熱がるような様子は無い。


「ふぅ。なるほど、おぬしの事は大体ではあるが理解できた。ただ、このたばこという奴は身体に悪そうじゃ。もう吸うな。没収じゃ」


蠢く触手によってポケットから俺の全てが取り上げられてしまう。チクショウ。腰は折られるわ、罵られるわ、腕は折られるはで何て仕打ちだよ・・・。けどそれがいい。癖になる!チクショウ!!身も心も死ぬほど痛いのにチクショウ!!あ、俺そういう趣味は無いからね?説得力ないかもしれないけど全然ないから。ウン。


「代わりと言っては難じゃが、わらわからおぬしに授けてやろう。接吻じゃ」


ちゅ・・・。


え!


そんな。ズヘオラ様・・・・好きになっちゃう・・・。


俺の唇のささくれて尖った部分が、しっとりとした唇に突き立てられて無かった事になる。

それが分かった。


ファーストキスだ。それも魔神と。自分の事よりも、相手の事が気になった。俺なんかで良いのかなって。だが次の瞬間。


あ?


俺は心の中で絶叫していた。


もオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオおアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアアあっあっあっー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


はぁ、はぁ。ひとつに重なった唇が離れるまで僅か数秒の出来事だ。けどいちおう、今何が起こったか説明しよう。


ズヘオラ様が俺に触れた途端、もうね、なんかすごいじょうほうのかずかずが、頭の中に飛び込んで来たんだ・・・・。なんだったんだありゃ。太陽魔法・・・・月魔法?ティオギス教?ハピア族?オリガエ?なんだ?!

俺の脳みそはようやく視覚情報を処理し始める。目の前にはズヘオラ様だ。ああでも、まじまじ見ればマジ魔神、なんて美しいんだ。。。


そんなことを考えていると、さっきまでの冷酷な表情がふっと綻んで、彼女の顔にどこか母性的な微笑が生まれた。


「わらわの月魔法、『記憶攪拌きおくかくはん』じゃ、あんずるな、大神太一。いや、『黒剣牙の勇者タイチ』よ」


ストオオオオオオオオップ!なあんでその名前を知ってんだよズヘオラ様ぁ!!それは俺が中学生の時に学校のパソコンで放課後にこっそりやってたオンラインゲームのキャラの名前じゃねぇか!!せっかく忘れてたのにい!


「どれ、おぬしの記憶の中から、最も役に立ちそうなものを選び伝えるとしよう。・・・ふむ、ちゅーとりあるというものがあるのか。ではタイチよ。わらわの後について歩いて見せよ。移動は左すてぃっくじゃ」


そんなもんあるかーい!そもそも腰が折れてて歩けなーい!ああ、でもなんか、おじさん楽しくなってきちゃったぞ・・・。


「まったく、世話のかかる奴よの。ほれ、体は治しておいてやったぞ?」


「え!?え!?」


ほんとうだ!歩けるぞ!腕もいたくない!それに声も出る!


「さ、続きじゃ。してんいどうは・・・」

「あ、そう言うの大丈夫なんで。ハイ、すみません」

「ふぅむ・・・そうか・・・すきっぷしてしまうのか・・・」


俺がそう言うと、彼女は少しだけ残念そうにしょんぼりした。

可愛い!可愛すぎるぞ!この魔神!


「ああ、やっぱり、せっかくなんでお願いします。ズヘオラ様」

「おお!そうかそうか、んーでは、次はがーどのあくしょんじゃ。たいみんぐ良くぼたんを入力するのじゃ」

「え?!」

ガードのアクション!?マジで?!視点移動と来たらそこは普通ジャンプとかじゃないの?!なんかめっちゃ嫌な予感がするよぉお!


俺の予感は殆ど的中した。たくさんある蛸の腕が一気に盛り上がって俺に襲い掛かった!


((危))


はっ!今だ!!


「へぶっ!!!」


ガードの猶予はおよそ0.3秒!無理に決まってる!そもそもガードしてても絶対無理だからそのパワー!人間の骨を簡単に折っちまうような力だぞただで済むわけないこれゲームじゃないから!


「もう一度じゃ。うまくいくまで続けるぞ?タイチよ?」

「ひいいい!」


とまぁ、こんな感じで異世界ライフそうそう命がけのチュートリアルはつづいた。。。気づいた時には俺は傷だらけ、その都度月魔法とやらに怪我を直されて何度も危ない目に遭った。でもそんなおれの姿にズヘオラ様は満足しているようだ。彼女らしく、嘘の無い態度を見せる。


「よくやったぞタイチよ。ちゅーとりあるはこれにて完了じゃ」


俺はもう立てない。

指先の感覚は殆ど無いし、意識も遠のいているような気がする。投げかけられている声も、体のどこで受け止めているのかさえ分からない。体中痛いし、死ぬほどつらいのにニコチンタールでコーティングされた肺は必死に酸素をとりこもうとする。


「ぜぇ・・・!ぜぇ!・・・はぁ・・・はぁ!」


ズヘオラ様の影がゆらゆらと揺れた。長い足を組みなおしたようだ。


「新たな旅の門出を祝して、わらわからおぬしにほうびをやろう」


「ほうび・・・?」


今までの経験から、全身の細胞がもれなく危険信号を出す。

なんだ・・!褒美なんて絶対嬉しいはずなのに!どういう訳か嫌な予感しかしないぞ!


ズヘオラ様は、玉座から立ち上がるとばったりと倒れている俺のすぐそばに立った。


「立て、タイチよ」


俺は正直に答える。


「もお無理ですよズヘオラ様ぁ!」


もうへとへとだよ、立てない、褒美ならその辺に置いといてくれよ。どうせ、剣とか、使い捨ての攻撃アイテムとか、一回だけ生き返れるペンダントとかだろ?立てるようになったら、勝手に貰っていくからさ。てか頼むからそうであってくれよ!

 俺の小賢しい言い訳は彼女には通用しない。だが目の前に広がる事実だけは間違いなく伝わるはずだ。不甲斐ない俺の姿に、てっきりズヘオラ様は呆れるかと思った。そうであって欲しいと俺自身期待していた。こいつは何も出来ない奴なんだって思われとけば楽だからな。

でもな。流石1600年も生きてるだけあるよ。忍耐強い。ズヘオラ様は凛とした顔をして待ってた。俺が立ち上がるのをだ。

忍耐強い人は大好きだ。それだけで尊敬できる。俺の親がそうだったからな。。。


「タイチよ。慰めが欲しいのか?」


ズヘオラ様は俺を見下しながらただ一言そう言った。上からの声なのに、地面にぴったりとついた胸が今にも持ち上がろうとしているような気がする。俺の体は奮起しようとしていたんだ。本当に不思議だよな。女の人って。


「・・・」


・・・。


わかったよ。


立てばいいんだろ?立つよ。立って歩かなきゃ、この物語は先に進まねえからな。人生みたいに、惰性で過ごすわけにはいかないよな。。。


俺は節々で悲鳴を上げる体に鞭うって立ち上がる。劇的なものは何もない。ただ立ち上がる。子供だって、生まれたばかりの小鹿にだって簡単に出来る事。俺は勿体付けてそれをやっただけ。


「さ、受け取るが良い」


「・・・はい、ズヘオラ様」


なんだろう・・・?なんて、一瞬思ったけど。。。


・・・うにょうみょうにょうにょにょ!!!


ギャー!!!


俺は悲鳴を上げて逃げ出そうとした!何が迫っているかって!?なんかピンク色の触手だよ!他のとちょっと違うプレミア感があるやつぅ!


けど逃げられる訳がない。相手はだってズヘオラ様。手足をがっちり抑えつけられて、抜け出せない。

強い力や痛みよりもむしろ、たっぷりのお湯につかるような心地よさが俺の体を縛る。


「な・・・なにをするおつもりですか・・・?ズヘオラ様?」


「おぬしにわらわの子を宿すのじゃ」


ジャキンッ!


ギャー!!!


棘だ!棘が出たよおおお!!ぷるぷるしててぇ柔らかそうな桜餅―わーい!って無理やり自分を落ち着かせようと思っていた先からこれだよ!!


「ズヘオラ様!まってくださいまだ心の準備が!」


「そんな物、必要はない。なろうとして簡単に親になれるようなものがおるものか」


名言っぽいこと言ってるけど納得いくわけない!だってあなた魔神ですよね?(インテリ口調)


「つべこべうるさい奴じゃ。大人しくせい」


桜色の触手の一本が肩越しに俺の背中に張り付いた。鋭い痛みが走って凍りみたいに冷たい何かが俺体に入って来る。


「オエッ!」


俺は激しくえずいて吐いた。出てきたのは裏返った胃袋だ。

ズヘオラ様がそれを手に取ってぐにょぐにょと弄ぶ。酷い吐き気は奇妙なことに背中の痛みを和らげた


「これこれタイチよ。これは、生まれてくる子らの貴重な餌。無駄にするな」


飛び出した物が、ズヘオラ様の腕ごと俺の口の中に押し込まれる。

俺の意識は朦朧としていた。気がつけば、背中の痛みも感じなくなっていた。


「では、タイチよ。それはわらわからの祝福じゃ。思う存分生きて見せよ」


青い炎がぽぅっと消える。ズヘオラ様の気配が無くなって。俺は地面に倒れていた。

不思議と俺は切なくなって、乾いた頬が涙で濡れている事に気がついた。

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