妖刀斬鉄
七代目斬鉄は、両手を握りこぶしにして膝の上に乗せると、ゆっくりと話し始めた。
「私の祖父、五代目斬鉄は刀匠としての才能がありませんでした」
忌々しげに斬鉄は言う。
「というのは本人の弁で、私達から見れば彼は十分に天才だった。ただ、天才しか見えない領域の中での才能の有無というのはあるようで、彼は事あるごとに俺は才能がないとこぼしていました。私にとって見れば、嫌味のようなものです」
僕は複雑な思いになった。
天才と凡才。職人の世界では重要なことなのだろう。しかし、天才が天才であるがゆえに自分を否定するなら、これほど悲しいことはない。
「二千六年の異界発生時、五代目斬鉄は正に職人として脂の乗った頃でした。彼は政府に要請されてホルダーとなり、カードホールドで剣を作ることを気分転換にうってつけだと引き受けたそうです。そんな中、異界で未知の鉱物が発見されました。それは、すぐに祖父の元へと届けられました」
斬鉄は宙空に視線を向ける。過去を見ようとするかのように。
「斬鉄は狂喜した。才能のない自分が才能のあった祖先達を超える刀を作れるかもしれない。しかし、どう仕上げるかを考えると、いざ踏み切れなかった。天才の中の凡才五代目斬鉄。その執念と想いは、異界の空気と実にマッチした。そうして、天才の中の凡人の執念を取り込んで、あの禍々しい刀は完成したのでございます」
斬鉄は前を向いた。雨の雫も受け止めそうな長いまつげが、下を向く。
「妖刀、斬鉄。全てに切り込みを入れる刀」
全ては繋がった。
徹を襲った刀。それは空想の存在ではなかった。
「斬鉄は強力すぎました。それ故に、斬鉄家が厳重に管理することを依頼されたのです。ついこの間までは……」
「妖刀は無理矢理奪われた。そうなんだね?」
僕は訊ねていた。
斬鉄は僕に視線を向けると、一つ頷いた。
「相手はカメレオンのホルダー。忍び込まれて、いつの間にか奪われていました。その時、私は彼を迎え入れようとすらしていた。彼の裏心に気づかずに。どうか、彼を止めてあげてほしい。そして、あの忌々しい妖刀斬鉄を叩き折ってほしい。それが私の願いです」
僕は突然カメレオンのホルダーと言われてぎょっとした。
僕も、他ではないカメレオンのホルダーだったからだ。
醜い容姿で馬鹿にされたカメレオンのホルダー時代。
刀を奪った彼の動機も、手に取るように分かった。
「依頼を聞いてくれるか」
徹が、口を開いた。
「なんなりと」
「その天才、五代目斬鉄に中途半端なれど才があると評されたあんただ。妖刀斬鉄に対抗する刀を打てるんじゃないか?」
斬鉄が目を丸くした。
場の空気が、一瞬で引き締まった。
「私に、五代目斬鉄を超えろと……?」
「一本、刀がほしい。しかし出す先から折られるのでは一苦労だ」
「無理です。私は中途半端な才能を持つ人間。だからこそ、コンプレックスも持たず、五代目斬鉄のような執念もない」
「けど、今のあんたは渇望してるはずだ。力を」
斬鉄は辛そうな表情になった。
「刀を折ってくれと言う時のあんた。言っちゃ悪いけど相当辛そうな顔してるぜ」
こういうことをナチュラルに言えてしまうのが陽キャの徹だ。
陰キャの僕にはちょっと真似できそうにない。
「鉱石なら用意してあるわ」
そう言って、師匠は鞄から鉱石を取り出した。
虹色に光る、小ぶりな鉱石だ。
「存分に才能をぶつけて。七代目斬鉄」
「あんたの爺さんの遺品は俺達が必ず取り返す。だから、協力してくれ」
「斬鉄さんなら絶対に良い品ができるよ」
僕は無責任に保証する。
七代目斬鉄は天才だ。それは、素材強化のエンチャントなしでもありの武器の打撃に耐えた残った刀の本数が証明している。
「私も、未知の領域へ……」
七代目斬鉄は目を閉じて、暫し考えこんだ。
どう素材を活かすかをシミュレートしているのかもしれない。
斬鉄はゆっくりと目を開いた。
「いいでしょう。やってみましょう。けど、私にも時間が必要だ。三日、ください。どう料理するか考える必要がある」
「わかった。頼んだぜ」
そう言うと、徹はその場を去っていった。
「彼は一体? 熟練の探索員のような風格でしたが」
「勇者のホルダー、徹だよ。異界で寝泊まりしながら敵を倒した経験を持つ、勇気ある冒険者だ」
「勇者のホルダー、なるほど。私にも彼のような勇気がほしい」
斬鉄はそう言うと、鉱石を握って触り始めた。
「鉱石は預かります。三日お待ち下さい」
「頼んだ。徹の為に、良い剣を作ってくれ」
「作るとすればそう、折れない剣。あの切れ込みに対応できるような……」
そう言って、斬鉄は鉱石の感触を確かめ続けた。
話はここまでだろう。僕らは、その場を後にした。
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帰り道、優子と歩く。
空はもう既に暗くなっている。
「今日は色々あったなー……」
僕は心理的な疲労がどっと湧いてくるのを感じた。
徹が襲われたと知った時の不安、勇者のカードを失った時の心配、七代目斬鉄との会話。
色々な要素が疲労となって僕の頭の上で弾けた感じだ。
「私、コトブキに頭撫でられたこと、ないな」
優子が、そっぽを向いて呟くように言う。
「ああいうことをコトブキができるって、好かれてるってわかってるからだよね。卑怯だ」
「いや、まあ、そりゃ僕達は同い年だし、優子は陽キャグループで僕は陰キャの格差恋愛だし」
「そういうこと、言う? 私達は対等だよ」
そう言って、優子は少し早足になった。
「あ、頭撫でようか?」
「ん?」
優子は立ち止まって、振り向く。
そして、罰するように僕を見た。
たまらなくなって、僕は悲鳴を上げる。
「頭撫でさせてもらってもよろしいでしょうか?」
優子は微笑む。
「ん、よろしい」
優子が少しだけかがみ込む。
斬鉄の髪も綺麗だったが、優子の髪も十分綺麗だ。艶があって、一本一本が太い。
僕は抵抗を感じながらも、その頭を静かに撫でた。
「わ、ちょっとふわっとした」
そう言って優子は微笑むと、僕の頭を撫でた。
本当だ。確かになんだかふわふわとした気分になる。
「よくできました」
こんなことをしている僕らは、キスをするまでどれだけの時間を要するのだろうか。
そんなことをふと思うと、果てしない時間が必要な気がしてきたのだった。
色々あった一日だが、最後の最後で普段の僕ららしいことができたのだった。
続く




