大空を舞う 前編
それは、朽ち果てていると言って良いような古びた神社だった。
鳥居は苔で汚れ、木の建物部分は木乃伊の肌のようだ。
カラスが何匹も飛び回り鳴いている。
先輩は駆けていくと、無言で賽銭箱を押し始めた。
本当にあった。
異界へのワープゲートだ。
「じゃあ、行こうか。アタッカー二人にヒーラー一人。いいバランスだ」
先輩は少し強張った表情で言う。
「なんでそんなに金が入り用なんですか?」
僕は問う。
金も大事だが命あっての物種だと思うのだ。
乙女の秘密、なんてふざけた答えが帰ってきそうなものだった。
「内緒」
そう短く先輩は言う。
多人数になれば気配が消えるというのは本当らしい。
隣の優子が疑わしげに僕を見ている。
「この人コトブキのなんなの?」
小声で僕に問う。
「……先輩。一回だけだから付き合ってくれって頼まれたんだ」
「ふーん?」
優子は優子で何か物言いたげだ。
僕はカードホールドのメインスロットにユニコーンのカードを差し込んだ。
「まずは僕が入ります。三分経ったら追ってきてください」
「わかったわ、コトブキ」
「りょ」
僕はワープゲートへと一歩を踏み出した。
周囲の光景が変わる。
一面の砂浜と水平線。海だ。
海の異界。
初めて見る。
敵影はない。
暫く待つと、先輩と優子が入ってきた。
「海、かぁ」
先輩が落胆したように言う。
こんなところでは宝なんて見つからないと思ったのだろう。
「先輩、ひとっ飛びして周囲に敵がいないか確認してくれませんか」
優子が言う。
先輩の背中には翼が生えていた。
羽毛に包まれた、大きな翼だ。
「生憎この翼は滑空しかできなくてね。高いところから飛び降りることしかできないのさ。というわけで上空からの警戒は無理」
「そっかあ。すいませんでした」
優子は申し訳なさげに言う。
先輩と似たタイプの僕としては、そう言う謝罪が一番胸に刺さると知っている。
僕はしゃがむと、高々と跳躍した。
腕の振りで体の向きを変えながら、周囲を見渡す。
敵影はない。
しかし、海の中まではわからない。
少し遠くに、奥に進むのだろうワープゲートが見えた。
そこまで確認して、着地する。
「ワープゲートがありました。一旦はそこまで進みましょうか」
「流石ユニコーンのホルダーだなあ」
先輩は感心したように言う。
「もうコトブキはなんでもできるんだねえ」
優子も感心したように言う。
そう言う視線は今まで徹が浴びていたものだ。
長い間脇役だったから、主人公を見るようなその視線に落ち着かないものを感じる。
「行きましょう」
僕は先頭を歩き始めた。
今まで行ったことがある異界と違い、開放感のあるロケーションだ。
だからだろうか。
ピクニックに来たような一種気楽な気分を僕は味わっていた。
その時、後方から悲鳴が上がった。
「きゃああああ!」
振り向くと、砂の怪物が優子の足を掴んでぶら下げていた。
この手の怪物は、核を穿けば無力化出来ると師匠は言っていた。
しかし、核はどこだ?
中心近くを無差別に攻撃するしかない。
「フェザーファントム!」
先輩の翼から羽が一斉に放たれた。
それは、砂の化物を貫き、中心で見事に真っ二つにしていた。
化物の体は崩壊し、優子が地面に解放される。
「強いじゃないですか、先輩」
先輩は照れくさげにそっぽを向く。
「これでも、古代種のホルダーだからね。イチオー」
「凄いですね、先輩」
優子が素直に賛美の言葉をかける。
「さ、行くぞ行くぞ」
話を変えよう、とばかりに先輩は先頭を歩き始める。
僕と似たタイプだ。
僕は外見上は正反対な先輩に、親近感を覚え始めていた。
続く