古代種のホルダー
今日も一日が終わった。
まずは部活に関して優子と相談しなければならないだろう。
優子も会長の率いるパーティーを抜けていた。
新しいパーティーに入る必要がある。
しかし、どこも人材は揃っているし、取り分が減るという問題から歓迎はされないだろう。
となると、後は自分達をメインに据えたパーティーを作るしかないのだろうか。
しばし考え込んでいると、女子生徒が教室に入ってきた。
短い金色の髪に内履きの緑色。蹴鞠と呼ばれていた少女だ。
放課後なので、他に人気はない。
「おー、いたか、コトブキ君」
「なんすか。追ってきた男には先輩が逃げたのと逆方向を行くように誘導しときましたよ」
「そうかそうか。偉い偉い」
そう言って先輩は近づいてくると、僕の頭をワシワシと撫でる。
なんだか照れ臭い。
「それでね、君には貸しを返して貰いたいんだ」
「……貸し?」
クッションになってあげたのと、追ってきた男を追い払った件でむしろこちらが貸しがある状態だと思うのだ。
彼女は吐息が掛かりそうなほどに僕に口を近づけると、囁いた。
「触ったろ? 私の胸」
思わず距離を取る。
「不可抗力です」
「けどあんなにしっかり触れられたことはなかったなあ。君は私の初めての人ってわけだ」
悪戯っぽく微笑んで言う。
「いかがわしい表現はやめていただきたい」
優子が聞いたらどう思うだろう。考えるだけで憂鬱になる。
力也は既に教室にいない。
部員集めに奔走しているのだろう。
「なにをしろって言うんです。そもそも、なんで僕の愛称知ってるんですか」
「なーに言ってんの。ユニコーンのホルダーってだけで全校中の噂の種には十分だ」
「で、僕のユニコーンの力になにを求めてるんです?」
「話が早いね」
先輩はますます笑顔になる。
遠目に見れば先輩と後輩が微笑ましく会話しているように見えるだろう善人地味た笑みだ。
その笑顔で他人の陰口なんて言ってしまうのが人間なのはカメレオンのホルダーとなってから痛いほど実感したが。
「遺跡の探索に同行してほしい」
「……先輩のパーティーに入れてもらえるってことですか?」
この先輩をあてにするのは少し危ない気もしたが、藁にも縋りたい気分なのは事実だ。
「いんや。私部に所属してないもん。苦手なんだよね複数人の人間関係とか」
「それは僕も似たようなタイプだからわかりますが……」
「二人きりだと結構喋るけど複数人になると気配が消える。それが私だ」
「胸張って言うことじゃないっすよ……」
思わず、溜息を吐く。
どうやら随分マイペースな人との間に縁ができてしまったようだ。
「で、さ。行きたいんだよ異界探索。ちょっと金が入り用でね」
「何円ぐらいですか……?」
「聞くのかー? 聞いて驚くぞー」
「驚きませんよ。バイトしてる友達とかは学費自分で払ったりしてますし」
「ざっと十万円」
僕は一瞬言葉を失った。
「学生でも二ヶ月バイトすりゃ届きますよ」
「そう言うなよー、緊急で必要なんだよ」
そう言って彼女は手を合わせて僕を拝む。
「それはなんで?」
「乙女の秘密」
僕は一つ溜息を吐いた。
「帰ります」
「そう言うなって、頼むよ。いくらでも揉ませてやるからさ」
そう言って、彼女は僕の手を掴むと、柔らかな部分に導いた。
慌てて手を引く。
「これをあの女の子が知ったらどう思うかなあ」
僕は顔を歪める。
そして、暫し考えて、溜息を吐いた。
優子にだけは誤解されたくない。
けど、この人は僕が断れば承諾するまで引っ掻き回そうとするだろう。
なら、一度だけ言うことを聞いて引いてもらうのが得策だ。
「一度だけですよ。それで、僕が誤解されるような言動は謹んでください」
「話がわっかるー。好きだよ、コトブキ君」
「あんたのそう言う言動が誤解の元だって言ってるの!」
「ありゃ、悪い悪い。生憎私はガサツでね」
にしし、というオトマノペをつけたいような笑顔で彼女は笑う。
「で。稼ぎって言うとあてはあるんですか? 上層は大体会長の部が踏破してますよ」
「それがね。隠れ異界があるって情報があるんだ」
「隠れ異界?」
「神社の賽銭箱の下」
僕は一瞬言葉を失った。
「なんつーバチ当たりな……見つけた奴も見つけた奴だ」
「見つけたのは私だ」
今度こそ僕は言葉を失った。なにがここまで彼女を金欲に走らせるのだろう。
「まだ誰も荒らしていないダンジョン。きっと宝石が隠れているに違いないさ」
「で。先輩はなんのホルダーなんです?」
彼女は目を泳がせた。
「僧侶だったら俺とペアで行けますよね。流石に僧侶無しで先輩のお守りはしかねますよ」
「ここだけの話」
彼女は声を潜めた。
「古代種のホルダーなんだ」
「古代種の?」
それは凄い。
古代種と言えば幻想種と並ぶレア職だ。
硬い鱗は敵の攻撃を阻み、鋭い牙や爪は相手に致死の一撃を叩き込む。
「凄いと思っただろ」
「……本当なら、ですけどね。で、なんの古代種のホルダーなんですか?」
彼女は今度こそ、完全にそっぽを向いた。
「……ちょう」
「蝶? ……虫?」
「始祖鳥のホルダーだって言ってんの」
「始祖鳥?」
「翼竜種が空を支配していた頃に、森を枝から枝へと滑空して隠れ潜んでいた、そんな被食種のホルダーさ」
彼女はすねたようにそう言った。
続く