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不器用過ぎて

 レストランの駐車場で二人は向かい合った。

 蹴鞠は、番長への言葉を考え込んでいた。

 何かを伝えたい気がする。けど、それがなんなのか自分でもわからない。


「なんじゃ。なんか話があるんじゃないのか?」


 番長が訝しげに言う。

 蹴鞠は、慌てて言葉を探す。


「お金は返すわ。月々のバイト代からだから時間がかかると思うけど」


「ああ。信用しとるよ」


 沈黙が場を支配する。


「それだけか?」


 蹴鞠は、言葉を失う。

 本当にそれだけなのだろうか。

 自分の伝えたい言葉とは。


「東京に行くのね」


「異界庁は東京だからのう。だから、卒業したらもう会うこともないじゃろ」


「私への未練ってそんなもんなの?」


 自分はなにを言っているのだろう。そう思いつつも、口が勝手に動いた。


「これだけ利用されれば流石に諦めるわい」


 蹴鞠は、恋をまだ知らない。

 コトブキがいいなと思っていた時期もある。

 しかしそれは、恋という形になる以前の淡い感情だ。


 番長に対してはどうだろう。

 驚いたことに、寂しいと感じている自分に気がついた。

 それが恋なのかどうかはわからない。

 ただ、番長との別れは寂しい。そう思っていた。


「これからはお前さんが最高学年として部を仕切らにゃならん。些か不安じゃの」


「私が仕切らなくても皆自分で判断できる子ばかりよ。歌世先生もいる」


「そうじゃの。歌世先生がいたの。若干胡散臭いが」


 再び沈黙が場を支配した。

 番長が、視線を逸した。


「戻るか」


「ご飯、奢ってよ」


 咄嗟に出てきた言葉に番長が動きを止める。


「異界庁って高収入なんでしょ? たまにご飯奢ってよ」


「ここまで通えと?」


「帰ってきた時だけでいいわよ。実家には顔出すんでしょ?」


「そうじゃのう。たまには実家に顔を出さんとの」


 番長は若干困惑したように言う。


「たまにでいいわ。毎日はいらない。ただ互いが元気だと確認できればいい」


「そうじゃの。お前さんも相談したいことが出てくるかもしれんからの」


 番長はもっともらしく頷く。


「電話番号の交換をしておくか」


 番長の言葉に、蹴鞠は飛びつくように頷く。


「これで腐れ縁じゃの」


 番長は少し幸せそうに、顔を綻ばせた。

 その表情に、蹴鞠はどきりとした。


 自分の中に芽生えつつある感情に戸惑いながら、蹴鞠は番長と電話番号の交換をした。

 これでいつでも連絡が取れる。

 そう思うと、少し気が楽になった。


 この気持はなんだろう。

 恋とは違う気がする。


 親に対する愛情に近いというのが結論だろうか。

 それも、この先変化していくのかもしれない。


「けどそんな頻繁には戻らんぞ。そこは覚悟しておいてほしい」


「わかったわ」


 蹴鞠は、笑顔で言った。

 番長は去る。電話番号を残して、この地を去る。

 けど、いつでも会えると思えば気が楽だ。


「ところであんたの本名ってなに? スマホにどう登録すればいいかわからないんだけど」


「番田長次じゃ。長いに次男の次と書いて長次」


 蹴鞠は顔がひきつった。


「あんたの番長ってのは、番格じゃなくてあだ名だったの?」


「最初はそうじゃったんだけどのう。結果的にそうなった」


「皆あんたを不良の番長だと思ってるわよ」


「緑と笹丸なんかが好例じゃの。これでも成績優秀なんじゃぞ」


「はー」


 蹴鞠は呆れて溜め息を吐く。


「今年一番の吃驚だわ」


「なんじゃい。俺の名前も知らんかったんかい」


「なんとなく周りが番長って呼んでるから私もそう覚えただけよ……番田長次で番長かぁ」


 笑いが込み上がってきた。


「変なの」


「その笑顔じゃ」


 番長は目を細める。


「その笑顔が可愛らしい。俺が惚れていたのは、そんなお前だ」


 顔が熱くなる。

 番長も照れたのか、視線を逸らす。


「戻るか」


「うん。戻ろう。番田君」


 そうして、二人は暫しの別れを済ませた。

 季節は巡る。

 卒業式の日がやってきた。


 三年生は体育館に集まり卒業証書を受け取る。

 蹴鞠は空を飛び、窓の外から、それをじっと見ていた。

 随分と長いこと、目に焼き付けようとするかのように、じっと見ていた。



続く

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