彼女は空から降ってきた
チャイムが鳴る。
午前中の退屈な授業も終了だ。
何気にダンジョン内部の危険なトラップの数々を教えてくれる重要な授業なのだが、まともに聞いてると怖くなってしまう。
だから僕は大体ゲームのステ振りでも考えながら教師の話を聞き流すのが常だ。
師匠はその点良い参考になる。
自身の冒険の体験を交えたその語りは僕を魅了してやまない。
もうすぐ優子が呼びに来るはずだ。
腹の虫が鳴った。
今日はどんな弁当だろう。楽しみで仕方がない。
しかしやって来たのは、大柄な男が二人だった。
確か、この学年の不良グループだ。
「おい、琴谷。焼きそばパン買ってこいよ」
「お前の奢りでな」
僕は呆気に取られた。
前時代的な不良にも程がある。
「僕は弁当があるから購買行かないよ」
机が叩かれる。
僕は内心ビクリとした。
「徹の奴はもういねえんだよ。お前は今後俺達が守ってやる」
「だから俺達には兄貴に対するように礼を尽くすんだな」
発想がヤクザや海賊のそれだ。
困ってしまった。
ユニコーンの力で彼らを沈静化させることなど容易い。
けど、それではより目立つことになる。
徹がいなければこんなものか。諦めに近い気持ちで僕は立ち上がった。
その肩を、抑える者があった。
力也だ。
「それぐらいにしておけよ」
不良二人は、隠そうとはしているが、見るからにたじろいでいた。
「な、なんだよ力也」
「コトブキのことは俺が徹に任されている。だからお前らがしゃしゃり出る必要なんてねえよ」
「なんだと……!」
「お前、わかってんのか。俺達のグループには三年の番長もついてるんだぜ」
番長とはこれまた時代錯誤な。
僕は内心呆れているが、力也は大真面目だ。
「それがどうした。こっちは生徒会長がついてる。どっちが教師の覚えがいいかは明白だぜ。その気になれば……」
そう言って力也は二人を指差す。
「お前らを退学させて学校を綺麗にするのも容易いんだぜ」
不良二人が怯んだように目配せした。
「っち。覚えてろよ、力也」
「月のない夜には気をつけな」
「一昨日来やがれってんだ」
不良二人は逃げるように教室を去っていった。
「すまない、力也」
力也は照れくさげにそっぽを向いた。
「仕方なくだ、仕方なく。徹に頼まれてるのは事実だからな」
「そっか」
徹との間の友情。それは本当の物だったのだろうか。
今となってはわからないが、彼が自分にメリットがないのに僕に気を使ってくれたのを今は感謝して受け取るべきだろう。
「お前、これからどうするんだ?」
力也はそっぽを向いたまま問う。
「これからって?」
「部活だよ、部活」
僕は黙り込んだ。正直、考えていない。
「今部に入ってない奴は大抵弱い奴かやる気がない奴ばかりだぜ。そう言う連中と一緒くたに見られる。正直響くぜ、就職に」
「それは……困ったな」
改めて考えることはなかったが、この時期に部を辞めるとはそういうことだ。
「ちったあ考えとけ。うちも部員集めで苦労してる」
そう言うと、力也は手をひらひらとさせて教室を出て行った。
僕も、教室を出る。
そして、校舎の中央の大樹の元へと辿り着いた。
毎日徹と優子と食事を取っていた場所だ。
優子も、すぐにやって来た。
「あ、そうだった」
優子は僕の顔を見て間の抜けた声を上げた。
「今日から二人分で良かったんだ。三人分作っちゃったよ。たはは」
どこか寂しげに言って、優子は僕の隣りに座る。
優子は徹のことをどう思っているのだろう。
やはり好きなのだろうか。
それが友人として好きなのか恋人候補として好きなのかで話は随分変わってくる。
彼女のことだから、私は恋愛になんて興味ないわよ、なんて返答もあり得る。
優子が手提げ鞄から弁当箱を取り出して僕に渡す。
「二つ食べるよ」
「え、いいよ。無理しないで」
「いいんだ。優子の料理、美味しいから。優子の旦那さんになる奴は幸せ者だ」
なんとなく、好意を滲ませてみる。
「ありがと。やっぱコトブキは優しいねえ」
あっけらかんと微笑む。
僕は苦笑してしまった。
敵わないな、と思ったのだ。
その時、木の葉が擦れるけたたましい音が上空に広がった。
「どいてどいてどいて」
頭上で声がする。
上には木の枝しかないだろうに何故?
そんなことを冷静に分析する余裕もなく、彼女は降ってきた。
頭に柔らかい感触が乗る。
けど、首を骨折するかと思った。
それもそのはずだ。
僕の上に降ってきたのは、人間の、女子生徒だったから。
髪の毛は金色で、体は細身だ。けど、頭に当たる胸はボリューミーで、僕はぼんやりと乳ってこんな感触なんだ、なんて呑気なことを思った。
「ちょ、コトブキ、大丈夫?」
優子が心配したように言う。
「イテテテて……」
女子生徒は自分の足で立つと、腹を抑えて言う。
この学校のブレザーに校則違反ギリギリまで短くしたプリーツスカート。間違いなくこの学校の生徒だ。
内履きの色は緑色で、彼女が二年生ということを示している。
「しくったなあ。枝がこんなに痛いとは思わなかった」
そう言って、彼女はトントンと爪先で地面を叩くと、嵐のように去っていってしまった。
「悪いね、コトブキ君。今回のは貸しと借りにしておくよ」
振り向きもせずにそう言って、彼女は駆けていく。
「なんだあ……?」
僕は呆れたようにそう言うしかなかった。
「木の上に飛んで来た奴はどっちに逃げた?」
声に呼ばれて振り返ると、額に傷のあるいかつい男が真剣な形相で僕に訊ねていた。
「……あっちです」
呆気に取られたまま、彼女が逃げたのと逆方向を示す。
「くそう。蹴鞠の奴め」
そう言うと、彼は慌ただしく去っていった。
台風一過。
そんな表現がよく似合う静寂が周囲に満ちた。
「吃驚したあ。なんだったんだろうね」
優子が弁当を手に持ったまま呆れたように言う。
「知らないよ。弁当食べよう」
この時までは、僕は安穏としていた。
不良も、蹴鞠と呼ばれる少女も、僕の生活に大きく関わってくるとは思ってもいなかったのだった。
続く