今こそ壁を超えて 前編
「バレンタインデーも終わりだねえ」
師匠がそう言って、チョコレートを齧る。
いつもの夜の公園だ。
「師匠、誰かに貰ったんすか?」
僕の問いに、師匠は苦笑いして答えた。
「生徒がついでとばかりに置いていくんだ。困ったもんだよ」
「まあ師匠相手なら誤解されることもないですしね」
「私は在庫処理場じゃないんだぞー」
「親しまれてるんですよ。歳も近いし」
「あれ?」
師匠は当惑したような表情になる。
「コトブキ君に私の歳、言ったっけ」
「憶測で言ってるだけです」
正直、師匠の年齢に興味はない。
「そうだなあ。十八歳だなんて言ったら君がぶったまげてしまうものな」
意表を突かれたが、すぐに冷静になる。
「その十八歳って、何ヶ月目ですか?」
「秘密ー」
やっぱり冗談か。
まったく掴み所がない人だ。
「そういや、明日体育館を借りたいって番長君から聞いてるんだけど、君なにか知ってる?」
「体育館を?」
僕は戸惑った。
体育館を借りて番長はなにをしようというのだろう。
戦闘訓練の他にはバスケやバレーで遊ぶぐらいしか思い至るものがないが。
「なんか真剣な様子だったから気になってね。そっか、コトブキ君も聞いてないか」
「そういや番長の引退式とかしてないですね」
「部費は余ってるしどっかで食事とかもいいかもねえ」
「あ、それ楽しみです。けど番長だと牛丼屋とかになっちゃいそう」
「牛丼は嫌いかい?」
「どうせなら色々な料理が頼める店がいいですね」
「となるとレストランか。君らが成人ならオススメの居酒屋があるのになあ」
「おい十八歳」
そんな感じで、今日もいつもの夜が更けていく。
翌日、体育館に僕ら部員は集められた。
番長が前に立ち、皆を見渡す。
「この部を立ち上げてから、色々なことがあった。皆、逞しくなったと思う。他でもない俺も、色々と貴重な経験をさせてもらった」
番長の視線が、一点で止まる。
そして、彼は徹を指差した。
「徹。今日はお前さんの実力を測りに来た」
「俺、ですか」
徹は戸惑うように目をパチクリとさせる。
「俺が抜けた後の前衛。それが如何程の実力か。試させてもらうぞ」
そう言って、番長はカードをスロットに入れた。
その頬に鱗が走り、背中に翼が生える。
徹も、カードをスロットに入れた。
その手に、光の剣が現れる。
「俺を試したいってわけですね」
「そういうことじゃ」
「後悔しますよ。最後にみっともないとこ見せたなって」
そう言って、徹は不敵に微笑んだ。
続く




