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重たいケーキ

 バレンタインデーがやってきた。

 朝の通学路で合流した笹丸と緑は既に持ち帰り用の紙袋を用意している。


「恵ちゃん、優子ちゃん、今日はなんの日だっけ!」


 緑がスキップでもしそうな声で言う。


「甘いものが欲しくなる日だよね」


 笹丸も同上といった感じだ。

 恵と優子は目配せして苦笑する。


「そうあからさまに催促されるとねえ」


「出すしかないかなあ」


 そう言って、二人は鞄を開いて中に手を入れた。

 店の商品のように綺麗にデコレーションされたチョコチップクッキーが出てきた。


「はい、皆。私達からの義理チョコ」


 そう言って、二人は部の男子にチョコを配っていく。


「緑君、番長さんに届けてくれる?」


 恵がもののついでに、とばかり言う。


「いいぜ。今の俺上機嫌だからなんでも聞いちゃう」


「女子の手作り。ありがたいなあ」


 あれ、僕も義理なのか。

 優子の手からチョコチップクッキーの入った袋を手渡され、僕は困惑していた。


 優子が僕に送るなら、それは本命チョコであるべきなのだ。

 後をつけたことや異界のおかしに抵抗があったことがそんなに影響しているのだろうか。

 それとも、もしかして徹が帰ってきたことで交際したという事実はなかったことになったのだろうか。


 戸惑いながらも、礼を言い登校する。

 その日は悶々としていたので、一日がやけに長く感じられた。


 異界のチョコに抵抗感を示すべきではなかった。

 あんなに優子が頑張って取ってこようとしてくれていたのに。

 そんな考えばかりが頭を占拠する。


「どうした、コトブキ」


 部活の時間、隣を歩く徹が訪ねてくる。

 番長が引退した今の部では、僕と徹がツートップ体制だ。


「な、なんでもないよ」


「今日のコトブキはやけに考え込んでいる気がしてな」


「気のせいだ」


「おいおい、幼馴染に隠せると思うなよ」


 そう言って徹は頭を抱き寄せにかかる。


「まあ、心配ないさ」


 徹はそう、小声で呟いた。


 再会してしばらくは、正直ぎくしゃくとしていた徹との関係だが、正月の交流や部での交流で今では元通りといった感じになっている。

 その間に入って仲介してくれた優子への感謝の念は忘れない。

 けど、徹が帰ってきたとたんに友達に降格では、あれ? と思わざるをえない。


 結局、悶々としながらその日は夜になった。

 師匠との訓練にはまだ時間がある。

 ゲーム機の本体の電源を軽く押す。

 狙いすましたようにチャイムが鳴った。


「コトブキー」


 母の声だ。


「わかったよ、出るよ」


 そう言って階段を降りていくと、そこには優子が箱を持って待っていた。


「はい、コトブキ。チョコケーキ」


 少し凄みを効かせて言葉を続ける。


「受け取ってくれるわよね」


「もちろん!」


 僕は一日の悶々とした気持ちから解放された晴れやかさで弾んだ声で答える。

 そして、少し冷静になる。


 このケーキ、ホールケーキだ。

 これを食べる? 一人で? 賞味期限内に?


 受け取ったケーキはずしりと重かった。

 カロリー的にも、重量的にも、想い的にも、重たかった。


「じゃあね。私、見たい番組あるから帰るわ」


 そう言って、優子は去っていった。


「食べるの、手伝いましょうか?」


「うわ!」


 背後から急に声をかけられて飛び上がる。

 さも当然、とばかりの恵がそこにはいた。


「いや、俺が貰ったものだから責任を持って俺が食べるよ」


「そうですか。残念無念また来週」


 そう言って、恵は去っていった。


 まずは、半分は食べるか。

 そう思い、ケーキを切るために台所に運ぶ。


 友達に降格された。

 そんなことを考えた馬鹿な自分を、今は苦笑交じりに思い出す。

 優子を信じることに間違いはない。そう思えた。


 ただ、綺麗だからつい不安になってしまうのは、以前とは違う点かもしれなかった。




続く

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