その槍は次元の壁を破る
飛びかかってくるブラウンモンスター。
恵は優子を抱きかかえてそれを回避した。
蹴鞠は空を飛び、歌世は跳躍して回避している。
ブラウンモンスターの体から茶色の体液が吹き出した。
蹴鞠がそれをまともにくらう。
すると、体液は固まり、蹴鞠は地面に蚊取り線香に炊かれた蚊のように落ちた。
「まずは一人」
ふくよかな女性はしめたとばかりに微笑む。
その背後に、歌世は信じられない速度で着地していた。
槍が一閃する。
それを、ふくよかな女性は回避した。
ブラウンモンスターの胴体から天辺へと跳躍して移動し、またろうそくを手にバランスをとる。
なにかがおかしかった。その違和感がなんに起因しているかわからず、優子は戸惑う。
「なにかおかしい、あのモンスター」
「お菓子が歩いてる時点でおかしいですよ」
恵の言うことはもっともだ。しかし、何か違和感があるのだ。
ブラウンモンスターは地響きを立てて歩いていく。
その姿にも、何か違和感がある。
優子は、その原因に気がついた。
それは、歌世も同じようだった。
ターゲットを変え、ろうそくに攻撃する。しかしそれは、見えない壁に弾かれた。
「空間の歪みか」
舌打ちして言うと、歌世はブラウンモンスターの胴体から降り、カードホールドのサブカードとメインカードを交換する。
歌世の背に炎の翼が生え、その後ろに円状の炎が現れた。
その時のことだった。
「五月雨・改!」
聞こえるはずのない声がその場に響いた。
光の槍が次々にろうそくを断っていく。
そうだ、違和感の原因は、いくらブラウンモンスターが移動しても炎が揺れなかったことなのだ。
空間の歪みで保護されていた。
つまりそれは、そのろうそくがそれほど重要なものということだ。
ろうそくは全て半分に断たれ、ブラウンモンスターは地面に溶けていってしまった。
「空間の歪みを無効化する……ユニコーンのホルダーか」
ふくよかな女性は舌打ち混じりに言う。
そう、その場には彼がいた。
頭に生えた角。白い体毛。ユニコーンのホルダーコトブキが、忍者のホルダー緑と共にそこにいた。
「退け、アークス。命のやり取りになるぞ」
コトブキは脅すように言う。
ふくよかな女性は暫し悔しげにしていたが、そのうちブラウンモンスターを倒したことで現れた地上へのワープゲートへと入って去っていった。
「コトブキ!」
優子は叫ぶ。
「なんでいるのさ!」
「なにを隠しているのか気になって、ユニコーンの速度と緑の隠密スキルで車の後をつけた」
コトブキは少々バツが悪そうに言う。
「まあ、結果正解だったわけだが」
空から光が差し、新品のカードホールド二個と白紙のカード三昧がコトブキの手に落ちていく。
ボスの討伐報酬だ。
それより、今は気になるものがあった。
「ボスのドロップは?」
歌世の炎によって呪縛から解放された蹴鞠が焦るように言う。
「ちゃんとありますよ。念願のチョコレートだ」
確かに、ブラウンモンスターの消えた後には茶色いチョコレートが山積みになっていた。
「まさかボスが探し求めていたそれとはね」
歌世が呆れたように言う。
「目的は達成しました。後は期日までどう仕上げるかです」
恵が言って、優子を地面に立たせる。
「チョコ集めしてたのか」
コトブキが言う。
優子は、複雑な気持ちでそれに答えた。
「そうだよ。ここはお菓子の異界。私達はチョコレートを探していたんだ」
そして、コトブキから視線を逸して付け加える。
「バレンタイン近いからね」
「あー……」
コトブキは納得がいった、とばかりに呟く。
その中には、他人の秘密を勝手に覗いてしまったという罪悪感が混ざっていた。
「ありがとうと、悔しさと、半々かな」
優子の言葉に、コトブキは焦ったようだった。
しかし、全てを理解したとばかりに、すぐに柔らかい笑顔になった
「そっか。そういう時期か」
「うん、そう」
優子は投げやりに言う。
異界の美味しいお菓子でコトブキを驚かせようと思ったのに、これでは台無しだ
「モンスターのドロップ品って大丈夫なのかな」
コトブキは少したじろぐように言う。
「大丈夫ですよ。私沢山食べたけど異常ないです」
恵はそう言って胸を張った。
「さ、皆を助けるわよ。コトブキ君達も手伝って」
歌世の言葉に従い、優子達は捕らえられていたMTの救助に向かったのだった。
続く




