”オイシイ”異界
ワープゲートを抜けた途端、ファンシーな色とりどりの壁に囲まれた部屋が優子達を出迎えた。
壁は所々が欠け、穴が空いている。
「いい匂い。焼きたてのクッキーの匂いだ」
蹴鞠が壁の匂いを嗅いで楽しげに言う。
「本当ですね。少しつまみ食いしたいぐらい」
恵も楽しげだ。
「いいんじゃない、食べちゃって。だから穴が空いてるんでしょ」
歌世も心なしか声が弾んでいる。
「じゃあいただきますか」
優子の言葉で皆、一斉に壁の一部を折った。
そして、口に入れる。
「美味しーい! バターの風味たっぷりで」
蹴鞠が叫ぶように言う。
「遠出してきたかいがありましたね」
恵は既に両手に壁の破片を持っている。
「壁だけでお腹を満たさないようにね。この先に出るそうだから」
「そうですね。まったくだ」
そう言って、恵は両手の破片を食べて手を止める。
女子だけの秘密の異界。それは、お菓子のダンジョンなのだ。
一行は蹴鞠を先頭に、ダンジョンの中を歩き始めた。
歌世は槍を脇に挟んでマッピングしている。
別れ道に辿り着いた。
「どちらに行きます? 歌世先生」
「今回は下層の攻略が目的じゃないし、どっちでもいいんじゃないかな」
「それじゃ、シロップの匂いがする左で」
「左、了解。書いとくわ」
そう言って歌世は手のメモにペンを走らせる。 匂いの根源がやってきた。
それは、巨大なパンだった。
手足が生え、手には槍を持っている。
それが三匹、一斉に襲いかかってきた。
「アイアンファントム」
六枚の翼から羽根が一斉掃射される。
パンは体の中央で真っ二つになり、地面に崩れ落ちた。
「やっぱり六枚も翼があると威力が違うなあ」
蹴鞠が満足げに言う。
その時、パンの遺体に異変が起こった。
その体は消滅していき、そこにはメイプルシロップがかかったパンが三枚残ったのだ。
「ドロップアイテムいただき」
そう言って、歌世が一口パンを齧る。
「ずるいですよ歌世先生!」
「毒味よ毒味。恵ちゃん」
そう言って歌世はパンを嚥下する。
「美味しいわね。メイプルシロップたっぷりで。罪の味って感じがするわ」
「じゃあ私も」
そう言って、優子はパンを一つ取って口に含む。
いっそ暴力的とまで言える甘い味が口一杯に広がった。
「あまーい。これは病みつきになりますね」
「私にも一口頂戴」
後ろで遠慮していた蹴鞠が物欲しげに言う。
恵はもう既にパンの半分を食べていた。
「私の齧りかけで良ければ、どうぞ」
そう言って、優子は蹴鞠にパンを渡す。
蹴鞠は一口食べると、幸福そうに顔を緩ませた。
「これは美味しいわ」
「けど、私達の狙いはこいつじゃない」
歌世が言って、恵以外の表情が引き締まる。
恵はパンに必死でそれどころではないようだった。
「当日までに出ればいいんだけど、いかんせん滞在可能時間がね」
「ちょっと心許ないですね」
歌世の言葉に、蹴鞠が同調する。
蹴鞠は珍しく饒舌だ。
これぐらいの人数だと話しやすいのか、女子だけだから話しやすいのかはわからない。
「とりあえずガンガン狩ってきましょう。皆、持ち帰り用の袋は持ってるわね?」
「はい!」
三つの声が同調した。
そして一行は、それから足繁くこの異界に通うことになったのだった。
続く




