いらっしゃいませ
「いらっしゃいませー」
先輩の元気な声がコンビニの店内に響き渡る。
先輩は僕を確認すると、微笑み顔になった。
「なんだ、コトブキ君か」
「ええ、ちょっとおやつでも買おうかと」
「いいよいいよー。売上に貢献してってちょうだい」
先輩は正気に戻ってからことのあらましを説明され、弁償のためのバイトを始めた。
悪魔のカードを手に入れてからの記憶はほとんどないらしい。
師匠もその間に奪った金などは埋め合わせをすると言ったが、先輩は納得しなかった。
自分でやったことだから自分で償いたいそうだ。
そんな先輩を、僕は少し誇りに思う。
「ポテチ好きなの?」
先輩が僕の選んだ商品のバーコードを読み取りながら言う。
「三人で分けてもそれなりのボリュームになるので」
「なるほど。大きい袋のお菓子が好きなわけだ。けどここだけの話、十分程歩いたところにあるドラッグストアの方が安いよ?」
「先輩が働いてるところを見ようかなって」
先輩は苦笑する。
「応援ありがとう。頑張るよ。じゃあね、コトブキ君」
そう言ってレジの作業を終えると、先輩は胸元で軽く手を振った。
僕は小さく一礼してコンビニを出た。
向かうのは公園だ。
いつものように、師匠がそこでは待っていた。
「今回の事件の後片付け中って感じだよ、こっちは」
「後片付け、ですか」
僕の買い物袋からポテトチップスを取り出すと、師匠は豪快に開けて食べ始めた。
遠慮もなにもない。それがいっそ師匠らしくて苦笑してしまう。
「加害者も被害者も記憶が抜け落ちてるからね。全体像を把握できるのは随分先じゃないかなあ」
「そうですよね。先輩だって僕らが気づかなければそのままだったし」
「怖い話だよ」
そう言って、師匠は小さな口でポテトチップスを一口齧る。
「ニムゲに勝ったんだったね」
「ええ。徹と優子と一緒に」
「自分達でやろうという気概は立派だが、そういう時は私やコースケを頼っていいんだぜ?」
「探してる間に相手が暴れそうだったので……」
確かに、アクセルテンの速度に対応されていたとはいえ、百戦錬磨の師匠やコースケがいればもっと楽に倒せただろう。
「スマホがあるでしょスマホが」
「番号、聞いてないです」
師匠は目を丸くする。
「そうだっけ?」
「そうですよ」
「ちょっと君のスマホ、貸してごらん」
言われたままにスマホを渡す。
「うわ、登録人数少ないなー」
「五月蝿いですよ」
「君も言うようになったねっと」
スワイプとタッチを繰り返すと、師匠はスマホを僕に返した。
画面には、歌世という名前と電話番号がある。
「私の番号だ。いつでもかけてもいい」
正直、これは嬉しかった。
「良かった。師匠がふらりと消えても連絡が取れるんですね」
「まあ、いいかなって。ただ、職務の内容上連絡先はしばしば変わることがある。その時はまた連絡するよ」
「ありがとうございます」
僕は軽く頭を下げて、スマホをポケットにしまった。
「強くなったなあ」
師匠は眩しいものを見るように言う。
「私が直接教えている君はもちろん、徹君も、優子ちゃんも。精神的にも実力的にも強くなった」
「確かに、師匠と会う前の僕を思えば雲泥の差でしょうね」
「後何ヶ月師匠ヅラしていられるやら」
「師匠はいつまで経っても僕の師匠ですよ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
師匠を超えるなんてこと、僕にはまだ想像がつかない。
ユニコーンのカードにアクセルフォーを使っても、師匠は技術で対応してくるのだ。
「君はユニコーンのカードの素早さをカンストしただけじゃなく、アクセルフォーまで使えるようになった。そろそろ、腕力を上げてもいいころだな」
「パワード、ですか」
「そう。危ないから練習で使ったことはないけど、ユニコーンのカードにもパワードのスキルはある。徹君やコースケがいつもいるとは限らないんだし、腕力は上げておいて損はない」
「悪魔のカードは、これで全部なくなったんでしょうか?」
師匠は暫し沈黙し、俯く。
「多分、ないはずだ。連続昏睡事件は一応の解決を見た。ただ」
「ただ?」
「残りの四天王とやらと悪魔王とやらの存在が気になるところだ。ニムゲは自らの体をカードにしてこちらの世界にやってきた。案外、あのワープゲートは大型の魔物は使えないのかもな」
「四天王三体と悪魔王一体。それで全部終わるのでしょうか」
「終わったらアークスもナンバースもなくなっちゃいそうだけど、それが一番平和なんだろうね」
師匠は苦笑交じりにそう言った。
「さ、修行の時間だ。ユニコーンのカードもまだまだ伸びしろがある。私から一本取るまでやめないぞ」
「はい!」
「しかし、アクセルフォーを制御できるようになってから、君の攻撃をさばくのも中々厳しくなった」
「本当ですか?」
僕は戸惑う。師匠にはいつまでも雲の上の存在でいてほしい。
「いつまでも師匠ヅラできない理由だよ」
そう言うと、師匠はポテトチップスの袋を縛り、ゴミ箱に放り投げた。
音もなく、袋はゴミ箱に吸い込まれていった。
なんにせよ、平和な日常が帰ってきたわけだった。
続く




