表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/274

いらっしゃいませ

「いらっしゃいませー」


 先輩の元気な声がコンビニの店内に響き渡る。

 先輩は僕を確認すると、微笑み顔になった。


「なんだ、コトブキ君か」


「ええ、ちょっとおやつでも買おうかと」


「いいよいいよー。売上に貢献してってちょうだい」


 先輩は正気に戻ってからことのあらましを説明され、弁償のためのバイトを始めた。

 悪魔のカードを手に入れてからの記憶はほとんどないらしい。

 師匠もその間に奪った金などは埋め合わせをすると言ったが、先輩は納得しなかった。


 自分でやったことだから自分で償いたいそうだ。

 そんな先輩を、僕は少し誇りに思う。


「ポテチ好きなの?」


 先輩が僕の選んだ商品のバーコードを読み取りながら言う。


「三人で分けてもそれなりのボリュームになるので」


「なるほど。大きい袋のお菓子が好きなわけだ。けどここだけの話、十分程歩いたところにあるドラッグストアの方が安いよ?」


「先輩が働いてるところを見ようかなって」


 先輩は苦笑する。


「応援ありがとう。頑張るよ。じゃあね、コトブキ君」


 そう言ってレジの作業を終えると、先輩は胸元で軽く手を振った。

 僕は小さく一礼してコンビニを出た。


 向かうのは公園だ。

 いつものように、師匠がそこでは待っていた。


「今回の事件の後片付け中って感じだよ、こっちは」


「後片付け、ですか」


 僕の買い物袋からポテトチップスを取り出すと、師匠は豪快に開けて食べ始めた。

 遠慮もなにもない。それがいっそ師匠らしくて苦笑してしまう。


「加害者も被害者も記憶が抜け落ちてるからね。全体像を把握できるのは随分先じゃないかなあ」


「そうですよね。先輩だって僕らが気づかなければそのままだったし」


「怖い話だよ」


 そう言って、師匠は小さな口でポテトチップスを一口齧る。


「ニムゲに勝ったんだったね」


「ええ。徹と優子と一緒に」


「自分達でやろうという気概は立派だが、そういう時は私やコースケを頼っていいんだぜ?」


「探してる間に相手が暴れそうだったので……」


 確かに、アクセルテンの速度に対応されていたとはいえ、百戦錬磨の師匠やコースケがいればもっと楽に倒せただろう。


「スマホがあるでしょスマホが」


「番号、聞いてないです」


 師匠は目を丸くする。


「そうだっけ?」


「そうですよ」


「ちょっと君のスマホ、貸してごらん」


 言われたままにスマホを渡す。


「うわ、登録人数少ないなー」


「五月蝿いですよ」


「君も言うようになったねっと」


 スワイプとタッチを繰り返すと、師匠はスマホを僕に返した。

 画面には、歌世という名前と電話番号がある。


「私の番号だ。いつでもかけてもいい」


 正直、これは嬉しかった。


「良かった。師匠がふらりと消えても連絡が取れるんですね」


「まあ、いいかなって。ただ、職務の内容上連絡先はしばしば変わることがある。その時はまた連絡するよ」


「ありがとうございます」


 僕は軽く頭を下げて、スマホをポケットにしまった。


「強くなったなあ」


 師匠は眩しいものを見るように言う。


「私が直接教えている君はもちろん、徹君も、優子ちゃんも。精神的にも実力的にも強くなった」


「確かに、師匠と会う前の僕を思えば雲泥の差でしょうね」


「後何ヶ月師匠ヅラしていられるやら」


「師匠はいつまで経っても僕の師匠ですよ」


「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


 師匠を超えるなんてこと、僕にはまだ想像がつかない。

 ユニコーンのカードにアクセルフォーを使っても、師匠は技術で対応してくるのだ。


「君はユニコーンのカードの素早さをカンストしただけじゃなく、アクセルフォーまで使えるようになった。そろそろ、腕力を上げてもいいころだな」


「パワード、ですか」


「そう。危ないから練習で使ったことはないけど、ユニコーンのカードにもパワードのスキルはある。徹君やコースケがいつもいるとは限らないんだし、腕力は上げておいて損はない」


「悪魔のカードは、これで全部なくなったんでしょうか?」


 師匠は暫し沈黙し、俯く。


「多分、ないはずだ。連続昏睡事件は一応の解決を見た。ただ」


「ただ?」


「残りの四天王とやらと悪魔王とやらの存在が気になるところだ。ニムゲは自らの体をカードにしてこちらの世界にやってきた。案外、あのワープゲートは大型の魔物は使えないのかもな」


「四天王三体と悪魔王一体。それで全部終わるのでしょうか」


「終わったらアークスもナンバースもなくなっちゃいそうだけど、それが一番平和なんだろうね」


 師匠は苦笑交じりにそう言った。


「さ、修行の時間だ。ユニコーンのカードもまだまだ伸びしろがある。私から一本取るまでやめないぞ」


「はい!」


「しかし、アクセルフォーを制御できるようになってから、君の攻撃をさばくのも中々厳しくなった」


「本当ですか?」


 僕は戸惑う。師匠にはいつまでも雲の上の存在でいてほしい。


「いつまでも師匠ヅラできない理由だよ」


 そう言うと、師匠はポテトチップスの袋を縛り、ゴミ箱に放り投げた。

 音もなく、袋はゴミ箱に吸い込まれていった。

 なんにせよ、平和な日常が帰ってきたわけだった。



続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ