圧倒的な実力差
異界上層の攻略は危なげなく進められた。
相手が攻撃する前にユニコーンの速度で突く。それだけだ。
三体目のドラゴンが地響きをたてて地面に倒れ伏した。脳天には穴が空き、そこからはとめどなく血が流れている。
「ここまで実力差があるか……」
会長は渋い顔で言う。
「次の曲がり角は右ですか? 左ですか?」
「左だ。そこを降りて中央のワープゲートの先に皆がいる。ただし……」
「ただし?」
「オークの上位種のモンスターハウスだ」
「なるほど。急ぎましょう」
僕は早足で前を歩いて行く。
見えた。
闇の中で光り輝くワープゲート。
僕は躊躇いなくその中央へと飛び込んだ。
視界が歪む。
そして、周囲に赤い肌の三メートルはあるオークの群れの中へと移動していた。
清浄な青い結界が見える。
優子が地面に両手を置いて、祈りを捧げていた。
生きている。まだ全員生きている。
僕は胸を撫で下ろす。
「間に合ったか」
「コトブキ!」
優子が目に涙を滲ませて言う。
その目が、焦りに見開かれた。
「危ない!」
周囲のオークが、斧を僕に振り下ろしていた。
軽く地面を蹴る。
その次の瞬間、僕は天井を蹴って地面のオーク達に向かって高速度で接近していた。
「五月雨」
呟くように言う。
光の槍が僕の周囲に何本も現れ、地面に降り注ぐ。
それは、五体のオークを脳天から串刺しにしていた。
「まずは五つ」
まだだ、後二十匹はいる。
突然の乱入者にオーク達は戸惑ったらしく、距離をおいていく。
そこから、石つぶての一斉投下が行われた。
再び跳躍する。
そして、地面を蹴って、天井を蹴って、五メートルほど先の壁を蹴る。
「薙斬り!」
槍が光り輝いて薙がれる。
三体のオークが喉を切り裂かれ地面に倒れ臥した。
後十七体。
オーク達はやけになったのか一斉に襲い掛かってきた。
「五月雨、改!」
僕の周囲に光の槍が現れ、一斉に射出される。
それは、何体ものオークを貫通し、十七のオークを一斉に亡き者にしていた。
青い結界が消える。
そして、優子はその場に倒れ臥した。
慌てて駆け寄って上半身を抱え起こした。
「優子、大丈夫か、優子」
「……避けないでよ、コトブキ」
優子は泣き始める。そして僕の胸に顔を埋めた。
「三人しかいない幼馴染じゃんか。避けないでよ。鬱陶しいなら改めるから」
それきり、優子は泣き始めてしまった。
僕は、複雑な思いだった。
「けど、優子は僕を足手まといだと思っていたんだろう?」
「私はいつだってコトブキの味方だったじゃんかあ。なんで足手まといだとか、馬鹿にしてるとか、そんな風に思うの?」
尤もな意見だった。
徹と優子は違うのではないか。
ふと、僕はそんなことを思った。
けど、時既に遅い。
僕は優子に、酷いことを言ってしまったから。
「帰るよ。皆も上層に戻ろう」
「……そうだな」
「ユニコーンのホルダー様が前衛なら怖いものなんてないぜ」
双子が調子よく言う。
玲子は、気まずげに黙り込んでいた。
「しかし、圧倒的な実力差だな。徹や力也の実力が霞むよ」
修也が悪びれずに言う。
「僕はもう抜けた身だ。ワープゲートに入ったら別行動を取ろう」
「コトブキ?」
優子は不安げに僕を見る。
「お別れだ、優子。僕はもう退部届を出した」
「なら、私もついていくよ。徹だってそうでしょう?」
徹は視線を逸して、気まずげに黙り込んでいた。
「行こう」
疲弊しきっている優子を抱き上げ、歩き初める。
ワープゲートを通ると、元来た道へと僕は戻っていた。
「感謝する」
会長が深々と頭を下げる。
「やめてください。もう済んだことだ」
「退部届け、撤回する気はないか」
今更だ。
僕は無言で歩き始めた。
その後を、パーティーメンバーはついてくる。
「そうか」
会長は残念そうに、短く呟いた。
砂浜に出る。眩い日光が薄暗い洞窟に慣れた目に辛い。
「コトブキ」
徹が言う。
「……なんだ?」
「二人きりで話したい」
「……わかった」
どんな嫉妬だろうとなんだろうと受け止めよう。
僕はユニコーンのホルダー。
その事実はもう変わらないのだから。
「旅に出ようと思った」
徹は呟くように言う。
「旅?」
「その旅で、お前との間にある圧倒的な実力差を埋めてみせる」
「学校はどうするんだよ」
「休学するかな」
「お前は今まで道理会長のパーティーにいればいいじゃないか」
「焦るんだよ」
徹は、呟くように言う。
「お前に、圧倒的な差をつけられて」
僕の実力はそれほどまでに彼を傷つけていたのだろうか。
僅かな罪悪感が湧く。
「優子はお前の悪口は言わなかったよ。一度も」
徹は苦笑交じりに言った。
僕は、どう反応すればいいかわからなかった。
ただ、心の何処かに安堵感が会ったのは確かだ。
「ありがとう、コトブキ。俺じゃどうにもならなかった」
僕は手を差し出した。
徹は、その手を握った。
「現時点での話だ。俺は聖騎士のカードをもっと強化してみせる」
「ああ。頑張ってくれ」
「じゃあな。一時のお別れだ」
そう言って徹は手を振ると、その場を去っていった。
その後姿を、僕は眺めていた。いつまでも、いつまでも。
+++
朝がやってくる。
「おはようございまーす」
優子の声がする。
僕は準備は済ませていたので、階段を駆け下りる。
「それじゃ、行ってきます」
「しっかりね」
母の声が台所から飛んでくる。
「行こう、コトブキ」
そう言って、優子は楽しげに微笑んだ。
日常に帰ってきた。そんな気がした。
続く