新年を君と
「いやー待ったっすよ」
笹丸はそう言って尻の砂をはたいて立ち上がると、皆を出迎えた。
「無事地上に出れて良かった。これも罠じゃないかと随分訝しんだんだ」
徹が言う。
罠が多いダンジョンだっただけに、皆、帰りのワープゲートにも疑心暗鬼になっていたのだ。
「コースケ。ゲート、閉じれる?」
「多分できると思う……できた」
そう言うと、光の渦は収縮して消えていった。
「一件落着、と言いたいところだが、気になるところがあるのう」
番長はそう言って師匠の前に立つ。
「歌世先生。あんたが使ってたのはフェニックスのカードじゃな」
「……ええ、そうよ」
「ネコババしたとは思っとらん。カードの報酬は通帳にきっちり入っていたし、書面でも受け取った旨を送られてきた。しかし、何故それをあんたが持っている?」
師匠は答えない。
「それにコースケ。何故お前は異界を操れるんじゃ? お主ら、俺の知らんとこで何かをやっているんじゃないか?」
流石に番長も、ここまで異常な事態が続けば勘づくというものだろう。
「貴方が探索者になった時に教えてあげるわ」
師匠はそう言うと、空を仰いだ。
空は濃い青色だ。日の出は近いだろう。
丁度ここは高台。海までを一望できる。
「ちょっと三人で話したいことがある」
そう言ったのは徹だ。
この場合の三人と言えば、彼と僕と優子の幼馴染三人組で間違いないだろう。
なんの話だろう。
そう思いつつも、僕も優子も歩いていく彼に続いた。
「話さなければならないことがある。これからも俺達が友人であるために」
徹は遠くを見ながら言う。
「俺はコトブキを利用していた……つもりになっていた」
優子が戸惑うような表情になる。
「つまり、どういうこと?」
「コトブキを助けたり庇うことで自分の株を上げているのだと信じ込んでいた」
「……それは考えすぎよ。友達なら助け合うのは当然じゃない」
「ああ。けどそう思わなければやっていられなかったんだ。俺は、優子が好きだったから」
優子は言葉を失う。
大胆な告白に、僕は息を呑んだ。
「優子がコトブキを好きなのはわかっていた。だから俺は、ことさらコトブキに過保護になった。コトブキを助けるのではなく、利用していると思い込んで、最高の脇役だ、なんて言い放ったこともある」
優子は黙り込んでいる。
「軽蔑するなら軽蔑してくれ。昔の俺は弱かった。そうしないと精神の均衡を保てなかったんだ」
この告白に、どれほどの勇気が必要だっただろう。
徹は変わったのだ。
それを確認するために、告白しているのかもしれない。
「軽蔑なんて、しないよ。反省したんでしょう?」
「……なんであんなことを言ったんだろうって何度も考え込んだ。地獄のような苦しみだったよ」
「なら、そろそろ自分を許してあげよう。そろそろ、徹が旅に出てから三ヶ月以上経ってるんだよ?」
「俺を、許してくれるのか」
「許すよね、コトブキ」
軽い調子で優子は言う。
「もう許してるよ。長い付き合いだからそんなこともあるって」
「ありがとう。話せて良かった。課題を一つ、解決できた」
徹は手を差し出す。
その手に、僕と優子は手を重ねた。
「これからも俺達は友達だ」
「死が私達三人を分かつまで」
「僕らは助け合い続ける」
日が登り始めた。
「初日の出だ」
徹がまぶしげに言う。
「去年のことは水に流そうよ。新しい年の始まりだもん」
「今年で二年生か。実感沸かないなあ」
「俺はもう一年間一年生かもしれないがな」
徹の発言に、二人して黙り込む。
上手いフォローの仕方が思いつかなかったのだ。
徹は苦笑する。
「けど修行のおかげで勇者になれた。俺は満足だ」
そう言うと、徹は膝をついた。
「少し、寝る。最近しばらく寝不足続きで疲れてるみたいだ……」
そう言って横になると、徹は寝息を立て始めた。
よほど疲労が蓄積しているのだろう。
僕は、その体を抱き上げた。
「まったく。寝顔は子供みたいだね」
優子が滑稽そうに言う。
「そうだな」
僕は苦笑して追随する。
「けど、徹は勇気があるよ。好きな女の子にこんなことを告白できる奴なんて滅多にいないと思う。僕達は、徐々に大人になっていく」
デートの時は化粧をするようになった優子のように。
「子供の今を子供の今で目一杯楽しみましょう。後悔のないように」
「三人でいれば、後悔なんてないさ」
そう言って、僕は胸を張って歩き始めた。
すれ違ったり、仲直りしたり、緑の件にしろ徹の件にしろ友情って大変だと思う。
だからこそ慈しむものなのだとそう思った。
新年が始まった。
ニムゲの放ったカードはなんだったのだろう。
そんなことが、やけに引っかかった。
続く




