帰還
階段が見えてきて、僕らは戸惑った。
基本的に異界は上層と下層に別れており、その間はワープゲートで繋がれている。
今回の異界は本当に法則が通用しないようだ。
番長を先頭に、ゆっくりと階段を降りていく。
「嫌な視線を感じるぜ」
緑がぼやく。
忍者のホルダーである彼は人一倍そういったものに敏感なのだろう。
「ほっとけ。襲い掛かってくる勇気もないやつだわい」
番長は振り向きもせずに歩いていく。
「ボスを討伐して地上に戻る。その目標にブレはないんじゃ」
「……もしも私の推測が正しければ」
師匠はそこまで言って、口を噤んだ。
「なんですか、ししょ……先生。凄く気になるんですが」
「もしもだよ。私達が異界を操作できなかったのが上位権限を持つ存在がいるせいだとすれば」
師匠の目が鋭くなった。
「この異界のボスは、危ない」
言っているうちに下層に辿り着いた。
番長を先頭に、師匠、コースケ、先輩、僕、緑、恵、優子の順で入っていく。
相変わらずの蔦の生えた石造りの床が僕らを出迎えてくれた。
「ワープゲートはなかったけど、進んどるのかのう」
「進んではいるわ。着実に」
今は師匠の言葉を信じるしかないだろう。
番長は頷いて、前を歩き始めた。
+++
人もまばらになった神社で、笹丸は座り込んでいた。
番長達が異界に入ってから四時間。
流石に長過ぎる。
それほど厄介な異界だということだろうか。
しかし、あの面子が挑んでボス攻略が不可能とはとても思えない。
それでも、万が一のことがあってもし死んでいたら?
最悪の結果を想像して、笹丸は背筋が寒くなった。
今は、あの男がコトブキ達の戦力になってくれることを祈るだけだ。
あの男は唐突にやってきた。
そして、笹丸は快く中に入ることを承諾した。
「一人で道中大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。一人で戦う経験は積んだ」
問うと、自信たっぷりにそう言って、彼は中に入っていった。
一刻も早く両者が遭遇できるように、笹丸は祈ることしかできない。
「初日の出、皆で見れるかなあ……」
笹丸はぼやくように言うしかなかった。
+++
それは唐突に起こった。
透明な壁が、下から勢い良く飛び出して来て天井にぶつかる鈍い音をたてた。
それは、前衛組と支援組を完全に遮断していた。
「ケケケケケ……ケーッケッケッケッケッケ」
耳障りな笑い声が響き渡る。
支援組の方には二股の槍を持った悪魔がワラワラと湧き出し、二人を囲んでいる。
「アクセル、フォー!」
僕は唱えて、壁に向かって全力で槍を叩きつける。しかし、壁はびくともしない。
「くそ、なら」
壁に槍を当てて罠を操作しようと試みる。
「ケケケケケ」
笑い声が虚しく響いただけだった。
「優子さん。私が前に立つので、回復お願いします」
そう言って、恵は覚悟を決めた表情で優子を背後に庇う。
「パワードツー、アクセルファイブ」
恵は唱えると、武道の構えを取った。
恵はけして弱いわけではない。しかし、所詮は僧侶という支援職。対多向けのスキルを持っているわけではない。
囲まれると、弱い。
「パワード」
コースケが唱えて、壁に金棒を叩きつける。
「駄目か」
コースケは渋い表情でそう言った。
恵の孤軍奮闘が始まった。
目にも止まらぬ速さで目の前の敵の顎を砕き、脳震盪を起こさせた所で内蔵に一撃を叩き込む。
その時、敵は集団で仲間ごと恵を貫いていた。
「なっ」
恵は絶句して吐血する。
「ヒール!」
優子は唱えるが、槍が刺さったままでは回復するわけもない。
恵はそのまま、高々と掲げられた。
残った無防備な優子に、敵の集団が近寄ってくる。
「くそっ、こんな……」
恵が苦しげに言う。
「やめろ、やめろおおおお!」
僕は叫んだ。
全知全能の神がいるというなら今こそ力を貸してくれ。
槍の先に意識を集中する。
全神経を研ぎ澄まし、この罠を作った相手の思念へと介入する。
穴が僅かに開き始めた。
しかし、遅い。
敵の槍が、勢い良く恵の頭に進み始めた。
僕は思わず、目を閉じた。
カランという、乾いた音がした。
「お前がついていながら、大失態だな」
懐かしい声がした。
思わず、目を開く。
そこには、ボロボロの服を着た男の姿があった。
幼馴染三人組の最後の一人。徹だ。
恵に向かっていた槍は、穂先が折れ、地面に落ちている。
徹は跳躍すると、恵を貫いている槍を全て断ち、彼女を抱きかかえて優子の前に着地した。
「優子、回復を」
「サンクチュアリの結界で時間を稼いでくれ! 今、僕がなんとかする」
「大丈夫だ、コトブキ」
そう言って、徹は前を向いた。
その背中には、前にはなかった凄みのようなものが感じられる。
「お前に助けてもらった貸りを、返す時が来た」
そういえば、徹はこの闇の道中をどうやって歩いてきたのだろう。
そう思っていると、彼が片手に持っている剣の切っ先に、聖なる光が見えた。
「俺は帰ってきた。圧倒的な実力差を埋め、お前を利用しているということにして自尊心を保っていた自分の弱さを克服して」
徹はそう言って、剣を構えた。
「すまなかったな、コトブキ」
穴は徐々に開いていく。
人一人が通れる広さになるまでもう少しだ。
しかし、その時には、敵の集団が徹に襲いかかっていた。
続く




