幼馴染の危機
「で、どういうことですか。徹と優子の身がどうとか……」
僕は落ち着かない気持ちで、会長の返事を待った。
会長はしばらく躊躇っているが、また頭を下げた。
「すまない、俺の判断ミスだ」
沈黙が場を支配した。
なんだかいたたまれない。
「砂浜の異界に改めて挑戦したのがそもそものきっかけだった」
「……先生達に報告しなかったんですか」
つい、責めるような口調になる。
会長は頭を下げたままなので表情は見えない。
「……実績が欲しくてな。そして我々は下層へと向かった」
「下層へ!?」
無茶をしたものだ。
MTに許されているのは上層の探索。
下層はアイテムが多い代わりに強敵が多く出現する。
「そこで我々は色違いでサイズが大きい初めて見るオークの大軍の中にワープしてしまった」
「大きくて色違い……上位種ですかね」
「ああ、そうだ。優子君のサンクチュアリの結界でなんとか難は凌げたが、彼らは今も大軍に囲まれたままでいる」
僕は息を呑んだ。
サンクチュアリを維持するためには集中力が必要となる。
もし優子の集中力の糸が切れたなら。
その時の結果は明らかだ。
「先生達に相談してはどうですか」
「勝手に下層を探索したペナルティが出るだろう。それに先生は下層へ行くことを許されてはいない。軍や警察が動き我々は全国レベルの晒し者になる」
「……それは嫌でしょうけど」
勝手だと思う。
今まで散々馬鹿にしてきた相手に最後の最後で縋るだなんて。
会長は頭を下げたままだ。
「頼む、コトブキ。どうにか出来るのは俺と、お前しかいないんだ」
僕は歩きだしていた。
「どこへ行く、コトブキ」
「砂浜。時間が惜しいです。徹と優子を助けないといけない」
正直、元パーティの連中には良い思い出はない。
けど、徹と優子が危機と聞いたら、勝手に足が動いてしまった。
まだ、幼馴染の糸は切れてないということか。
「助かる。マッピングならしてきた。俺が案内する」
「その前に治療を受ければどうですか」
「動きに影響が出るような怪我は避けてきた。俺はまだ動ける」
「そうですか」
僕に会話を楽しむ気はないと察したのだろう。
会長はそれきり、黙り込んだ。
そして僕らは、砂浜の異界へ繋がるワープゲートの前へと辿り着いた。
鞄からカードホールドを取り出し腕に巻く。そして、メインスロットにユニコーンのカードを差し込んだ。
頭に角が生え、腕を白い毛が覆う。その角に触れると、それは槍となり、僕の腕に収まった。
(徹、優子、耐えててくれ)
祈るように思う。
徹は迷惑がるだろうか。
けれども、プライドよりは命をつなぐ方がマシだろう。
「行きますよ」
感情を篭めずに言う。
努力せねば、今は会長をも責めてしまいそうな自分がいた。もちろん、今まで副会長や双子の態度を注意しなかった恨みも篭めて。
「ああ、わかった」
会長は眼鏡の位置を整えると、ワープゲートの上へと一歩を踏み出した。
周囲の景色が変わる。
「徹を荷持にしたのは失敗だった」
会長は呟くように言って歩き始める。
「剣を投げる方向に問題があって受け取る側の鞘から剣がすっぽ抜けたり、折れるうような耐久度に問題があるような剣を持ってきていたり」
「徹が悪いとでも言うんですか」
この男もなんて勝手なんだろう。
「君は我々には必要なライトスタッフだったということだ。君が荷持なら追い込まれるようなことはなかった」
僕は一瞬呆気にとられた。
ずっと脇役だった僕。
それを本心から認めてくれた初めての台詞。
「失ってからそんな言葉が出ても遅いです」
「そうだな。人間関係というのは難しい。改めてそれを学んだよ」
そう言うと、会長は地図を広げた。
(待ってろよ、徹、優子)
僕も会長の後を追って、歩き始めた。
続く