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平和な年越し

「なあ、恵さん」


 僕は冬休みの宿題をこなしながら、対面で同じく宿題に取り掛かっている恵に問う。


「なんですか?」


 恵は、ノートに視線を落として計算を書きながら言う。


「優子って美人かな」


 恵の指が止まった。

 暫しの沈黙の後、彼女は顔を上げる。


「今更ですか」


「今更だ」


 幼い頃から見慣れた顔だ。今更顔を見て心音が高鳴るということはない。

 ただ、化粧をしたあの日。

 普段と違う視点から優子を見たという実感があった。


「普通に美人でしょ。学年で五指には入りますよ」


「そうだよなあ……」


 困ってしまった。脇役の僕の相手としては不釣り合いだと周囲には見えているかもしれない。


「幼馴染だからあんまピンと来ないんだよな」


「贅沢な悩みですねえ」


 呆れたように言うと、恵は再びノートに視線を落とした。


「ライバルって多いかな」


「普通に多いんじゃないですか」


 恵はノートに視線を落としたまま言う。


「大ピンチだな、僕」


「優子さんが貴方を裏切らないって自信を持った上でのその台詞はただの惚気です」


「惚気……」


「ご馳走様でした」


 そんなこんなで日々は過ぎていく。

 あの日、あの後、優子を連れてショッピングモールを歩いた。

 温まるためにまずは食事をとり、その後映画を見て、カフェでコーヒーを飲んだ。

 楽しい一日だった。


 ただずっと、優子といて、心音が高鳴っていた。

 関係が変わったのだと、思わざるをえなかった。


 徹はもしかして、ずっとこんな気持ちを抱えていたのだろうか。

 そんなことを、ふと思った。

 持っていたとしても、譲る気はないが。


 そして大晦日。

 部の面々が僕の家に集まった。


「お母さん、お雑煮美味いですわい」


「あら、そう? お上手ね」


「いやーホントに美味いっすよ」


「ホントホント」


 とは不良二人。


「どうでもいいけどがっつくのは程々にしなね。ここは人様の家なんだから」


 と、呆れたように先輩。


「まあまあ、いいですよ。今日は余分に料理は作ってありますんで」


 僕は苦笑しながら言う。


「私と恵ちゃんも手伝ったんだよ」


 と、優子。


「歌世ちゃんも手伝ったの?」


 コースケは師匠に視線を向ける。


「いや?」


「じゃあさっきいなかった時なにしてたの」


「ポケモンの厳選してた」


 悪びれずに言う。


「言っとくけどな。私は料理全然駄目だぞ」


「知りたくなかったな……家事全般ぐらい一人暮らしだからこなす人かと思ってたよ、僕は」


 コースケの微笑み顔もこうなると嫌味に見える。

 除夜の鐘が鳴った。


「そんじゃ、行くか」


 師匠がそう言って立ち上がる。

 各々、お椀の中身を腹にいれ、立ち上がった。

 そして、全員でコートを着て外に出る。


 空からは雪が舞い降りている。

 この前のような激しさはないが、地面には雪が五センチ程積もっていた。


「徹はなにしてるんだろうね」


 優子は、ポツリと言う。

 あの幼馴染は雪の中で一人キャンプをしているのだろうか。

 あまり想像したくない図だった。


「年越しぐらい帰ってくればいいのにな」


「ホントだよ。修行って言ってもやりすぎだ」


 優子が拗ねたように言う。


「帰ってくるさ。そろそろ単位が危ないはずだ」


「来なかったら?」


「留年だな」


 師匠が横から口を挟んでくる。


「歌世先生の権限でどうにかなりませんか」


「検討しとくよ」


 この時まで、僕らは平和だったのだ。

 今、あの異界に立ち入ったからこそ懐かしく思えるほんの数十分前の出来事だった。



続く

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