クリスマスイブ後編
コースケは道路で蹲っていた。
胃液が逆流し、大量の血と共に吐き出される。
肋骨は何本か折れ、顎の骨は砕け、目眩で立ち上がることもできない。
「手酷くやられたね」
頭上から歌世の声が振ってきて、コースケは観念した。
相手はユニコーンのホルダー。護衛がついていて当然だろう。
「歌世ちゃんの仕込みかい? ユニコーンの速度にアクセルスリーの速度を掛け合わせるなんて」
「正直、私もあこまでやるとは思わなかった。コトブキ君の反射速度は常人の想像を凌駕する領域にあるようだ」
「そうか……」
コースケは喉を鳴らして笑う。そして、地面に倒れて大の字になった。
「やれよ。僕を始末する絶好の機会だぜ。長年の因縁に決着を着ける時だ」
コースケとてアークスだ。今更、死に対して恐怖感などない。
歌世は暫く黙り込んでいた。
その瞳が、冷たくコースケを見下ろしている。
そのうちふと、歌世は視線を逸した。
「来年、番長君が卒業する」
「それで?」
「前衛不足だ。あんたにまで抜けられるのは困る」
コースケは目を見開いた。
「そんな理由で、僕を殺すのを辞めるっていうのか」
「コースケ。学校っていい場所とは思わない?」
歌世は、腕を組んで言う。
「モンスターに対しての危険はある。けど、それに目を瞑れば命のやり取りをする必要がない。アークスとかナンバースとか、そんなのこだわってるのが馬鹿らしくなるほどに」
コースケは黙り込む。
自分が借り出される時はいつも命のやり取りの場だった。
確かに、学校に入ってからはそんなことはない。
「もうしばらく、ぬるま湯に浸かってみるのも良いかと思っている」
「……歌世ちゃんも変わったね。随分毒されたみたいだ」
「ああ、まったくだ。けど、そもそもあんたの外見が悪い。子供を殺すのは目覚めが悪い」
「甘いな。それが、僕を生かす理由か」
「ああ、激甘だ」
二人は、暫く沈黙した。
かつてあった戦いの日々に、思いを馳せているのかもしれない。
「歌世ちゃん」
「なに?」
「来年は新入生入るかなあ」
歌世は苦笑する。
「入るさ。新しい人間関係にあんたが対応できるかどうか見ものだね」
「そっか。それは楽しみだ」
そう言って、コースケは目を閉じた。
そうか、自分もいつの間にか毒されていたのだ。
部活動が楽しいと思っているだなんて。
歌世が自分を呼ぶ声がどこか遠くで聞こえる。
それを聞きながら、意識がゆっくりと、闇の中へ落ちていった。
+++
僕は駆けていた。
全力でコースケを無力化してどれ位が経つだろう。
ショッピングモールのクリスマスツリーへ向かって一心に駆ける。
バスを待つよりも、ユニコーンのアクセルスリーの速度で駆けたほうが速いと思い切ったのだ。
車の列がどんどん後方へと消えていく。
ショッピングモールにはいつもバスで行くので大まかな場所しかわからないが、バス停からバス停の道順は大体記憶にあった。
時刻は既に昼。
約束の朝からは既に三時間が経過している。
雪は本降りになり、大粒の雪が横殴りに空から降ってきている。
そして、僕はショッピングモール前のバス停に辿り着く。
優子は、いない。寝ている綺麗な女性が一人、いるだけだ。
それを確認すると、手早くクリスマスツリーに移動した。
しかし、そこにも優子はいなかった。
ふと、気がついて、バス停に戻る。
もしかして。
そう思ってじっくり見ると、そこで寝ていたのは優子だった。
小さく震えている。
三時間もこの雪の中で待ったのだ。それも当然だ。
しかし、なんだろう。優子とは思えない。
綺麗すぎるのだ。
僕は、優子に対する溢れ上がる愛しさと、その外見の変わりように驚いていた。
「優子、優子」
そう言って、肩を揺する。
優子は、ゆっくりと瞼を開いた。
「……遅いよ、コトブキ」
「悪い、遅刻した。それにしても、どうしたんだ? なんか、凄く綺麗だ」
「へへ、お姉ちゃんに習って化粧したからね」
「……そっか」
心音が高鳴っていた。
バス停で健気にも待ってくれていた優子。綺麗な優子。
幼馴染という積み重ねはいつしか溶け、その中から愛情という名の華が咲いた。
子供の時間は終わった。
僕は、優子を、異性として愛しいと感じていた。
「まだまだ時間はあるよ、コトブキ。今からでもクリスマスを楽しもう」
そう言って優子は手を差し出した。
冷たくなったその手を、僕は握った。
続く




