続・緑の疑念
緑はスマートフォンでアークスについて検索してみた。
出てくる会社名の山の中で、一つのエピソードを見つけた。
ノアの方舟。
洪水の中で助かった一つの方舟。聖書のエピソードだ。
(つまりはどういうことだよ)
答えはわからない。
いつもの帰り道、五人で帰る。
笹丸と恵と優子が今回の異界について喋っていて、緑とコトブキはだんまりだ。
「お前はどう思うよ、緑」
笹丸が話を振ってくる。
「ああ、すまん。よく聞いてなかった」
緑は素直に答える。
「いや、コースケ強いなって話。番長がふっとばされた一撃を受け止めたんだぜ」
「ああ、まあそうだな」
コースケはアークスだという。
あの異界を暴走させた男もアークスだったらしい。
アークスとはなんだ? 当然の疑念だ。
そのうち、別れ道がやってきた。
「ゲーセン行こうぜ。恵ちゃん、笹丸」
「ああ、たまにはコトブキと優子ちゃんも来ないか?」
「いいよ。俺、不義理な奴は嫌いなんだ」
ピシャリと言って、先を歩き始める。
正直、緑はアークスについてひた隠しにするコトブキに苛立っていた。
笹丸と恵はついてきたが、優子とコトブキはついてこなかった。
「恵ちゃん」
「なんですか?」
「アークスってなんだ?」
単刀直入な質問に、恵は絶句したようだった。
「恵ちゃんは、元アークスなんだろう?」
「アークス? なんかのチームか?」
笹丸が戸惑うように言う。
「……夢々その言葉を迂闊に出さないことです」
暫く言葉を失っていた恵が、躊躇いがちに言う。
「最悪、命を落としますよ」
「命の危機ならもう味わった。歌世先生もアークスなのか? なら、下層にMTを入れるような特権を持つアークスってなんなんだ?」
「いいえ」
恵は、躊躇いがちに答えた。
「知っておかないと、貴方は探ろうとして危険な目に合うのかもしれませんね」
そう言って、恵は恐る恐る語り始めた。
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「コースケはアークスなの?」
緑達と別れた後、優子は呟くように訊ねてきた。
「ああ。アークスだ。ただ、本人が言うには穏健派らしい」
「どうだろうね。いつ後ろから斬りかかられるかわかったもんじゃない」
「だから師匠もピリピリしてるわけだ」
僕もどこまでコースケを信じたものか戸惑っている。
優子が僕の手を握る。
「コトブキは受け入れようと思ったんだね?」
優子が手に力を入れる。
温もりが僕を包んだ。
「なら、私はその判断を信じるよ」
「ありがとう」
僕は、この幼馴染がありがたいと思った。
僕の判断を信じてくれる。僕を信頼してくれている。
「アークスだからって追い出すのは違うと思うんだ。元アークスの恵さんみたいに優しい人だっている」
もっとも、恵はトウジに命じられて僕と戦ったりもしたのだが。
「ただ、困ったことになっていてな」
「なに?」
「緑に、コースケとの会話を一部聞かれた。それで、コースケがアークスだってことや、トウジもアークスだったことがバレてる」
「……危ないと思うな」
優子は、躊躇いがちに言う。
「全部話さないと、緑君は自分で調べる。そして、コースケ君に訊ねると思う。アークスってなんだ? って」
「……全部話した方がいいのかもしれないな」
僕は抵抗があったが、その結論に辿り着いていた。
「今頃は恵さんが質問攻めにあってるかもな」
「そうだね。緑君はアクティブだから」
「リア充ってそこらのフットワークが軽いよなあ」
「忘れてるね、コトブキ」
優子は滑稽そうに言う。
「学生で彼女がいる一年生部長のコトブキも十分周囲から見ればリア充なんだよ?」
脇役歴の長い僕は絶句する。
言われてみれば、確かにそうだ。
脇役だった僕がリア充だなんて恐れ多い話だ。
「そっか。いや、けど、周囲から見ればそうなんだな。怖い話だ」
「なにが怖いんだよ。その上ユニコーンのホルダーだ。人気者じゃないか」
僕は思わず笑った。
「優子と喋ってたら気が楽になる」
「本当のことを言っただけだよ」
「緑には本当のことを話すか。その方が危険は少なそうだ」
「そうだね。緑君には、その方が良い。最悪、笹丸君まで巻き込むことになる」
「そうと決まったら行くか」
「行くって?」
「……ゲーセン」
「コトブキみたいな人が一番苦手な場所だよね、ゲーセン」
「話すか。もう師匠主導のボス狩りで巻き込んでるようなものだしな」
「そうだね。中途半端に知ってるのが一番危険だと思うよ」
「そうと決まれば方向転換だ」
そう言って、さっきの別れ道へと引き返す。
優子の手を引いて、歩き始める。
「問題は、全てを知って緑君がコースケ君にどんな反応をするかだけど」
「僕らだって正直、扱いに困ってるじゃないか。なにを考えて転校してきたのかな、コースケは」
「純粋な興味じゃない? トウジって人を倒したこともかなり凄いことみたいだし。それがナンバースでもないコトブキなら尚更だよ」
「そうなのかな。ならいいんだけど」
正直、今の状況は懐に蛇を飼っているような状態だと思う。
いつ噛みつかれるかわかったものではない。
それでも、僕はコースケを受け入れると決めた。
後は、なるようになれだ。
「緑にある程度は話す。全部じゃないけど。多分、僕達はわかりあえる」
祈るように、僕は語っていた。
「そうだね。一度友達になれたんだ。また友達になれると思うよ」
優子は優しく微笑んでそう言った。
続く