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引きこもりの夕、深夜徘徊の夜

「こんにちはー」


 玄関から優子の声が聞こえてくる。

 足音から、母親が対応に出たのだとわかる。


「あら優子ちゃん、毎日悪いわね」


「コトブキ君元気ですか?」


「どうなんだろうねえ。そろそろ単位に響きそうで心配なんだけど。あの子、何も話してくれなくてね」


「そうですか……」


 優子は暫く黙り込んでいたが、そのうちいつものように言った。


「じゃあ、またプリント持って来ます」


「ありがとうね。優子ちゃんみたいな幼馴染がいてあの子も幸せものだよ、ホント」


 玄関の扉が開閉される音がした。

 母が階段を昇って部屋に近づいてくる。


「優子ちゃん、今日も来たわよ」


 僕は黙り込む。


「顔だけでも見せたげなね」


「……わかったよ」


 僕はそう言うと、ゲーム機の音量を上げてゲームに再度没頭し始めた。

 あれから、養成所には行っていない。

 そのうち、留年するのも時間の問題だろう。


 けど、行く気になれない。

 馬鹿にされていた。たったそれだけのことを、徹と優子に対しては許せなかった。


「信じてたのに」


 思わず呟く。

 そして、夜を待って再びゲームに取り組み始めた。


 深夜、家族が寝たのを見計らって家を出る。

 そして、町が見渡せる高台の公園へと辿り着いた。

 待ち人は、いた。

 ホットコーヒーの缶を片手に一服している。


 彼女は僕を見ると、軽い調子で片手を上げた。


「や、コトブキ」


「今日もお世話になります、師匠」


 今となっては、僕が信頼できるのは師匠だけだ。

 それだけで、一日の垢が落ちるような気分だ。

 師匠は緑色の髪をして、長い髪を三つ編みにし、耳はとんがっている。

 多分、エルフのカードでも使っているのだろう。


「ユニコーンの素早さはカンストしたんだったね」


「ええ」


「流石だなあ。私はユニコーンのカードに選ばれた。けど、使いこなすことはできなかった」


「けど、師匠は凄いです。ユニコーンの全開速度に対応してくる」


「途中までは使いこなせてたからね。君ほどじゃないけど反射神経はある」


 そう言うと、師匠はゴミ箱に缶を放り投げた。

 黒い外見のそれは、電灯に照らされ、軽い音をたてて見事にゴミ箱に落ちた。


「さて、今日も修行だ。かかっておいで」


 師匠と初めて会ったのは一ヶ月前程だろうか。

 戯れにテニスの壁打ちをしているところにたまたま彼女が休憩しに来たというのが原因だ。

 彼女は僕を見込んでユニコーンのカードを授けてくれた。


 それだけでなく、軍隊式の訓練まで受けさせてくれるようになった。

 服の上からは見えないが、僕もこの一ヶ月で随分筋肉質になったと思う。


 重い荷物を用意して、坂道をダッシュする。

 師匠が言うには荷重トレーニングは三日に一度でいいとのことで、師匠と会う時に憂鬱になることがあるとすればこの時だろう。


 全部終わると、師匠はどこからか用意したジュースを僕に放り投げた。


「呪文をかけておいた飲みものだ。気休めだが多少は楽になる」


 とは彼女の談だ。

 僕は受け取ると、蓋を開けて飲み始める。

 疲れが溶けるような思いだった。


「学校は行ってるのかい」


「……行ってないです」


「やっぱり例の幼馴染の件を引きずって?」


「ですね」


 師匠にはなんでも話せる。それは、僕の普段の日情とかけ離れた場所に彼女が存在しているからだろう。


「その男の幼馴染はけしからんけどさ。女の子は違うんじゃないかね」


「けど、徹はきっと俺の陰口を言ってた。優子はそれを否定出来ないはずです」


「陰口。言ってたかねえ。わかんないよー、いい人気取ってたなら」


「……」


 優子はどんな気持ちだったんだろう。

 鬱陶しいと僕に言われて、避けられ、傷ついているのだろうか。


「じゃあ、実戦形式の訓練を始めようか」


 そう言って、彼女は駐車場に移動すると、車の荷台を開けて剣を取り出した。

 基本、カードホールドは政府の管理下にある。

 さらに、剣を持ち運ぶなんて銃刀法違反だ。

 それをある程度見逃してもらえるのはMTと本物の探索員だけだ。

 彼女は何者なんだろう。


 聞きたいが、聞けば全てが終わる気がして、怖くて聞けずにいる。


「さ、今日は私も全開でいくよ。魔法もありだ」


「お願いします」


 そう言って、僕は頭の角に触れる。その瞬間、角は槍になり、僕の手に収まった。

 楽しい修行の始まりだった。


「ただ、約束だ」


「なんですか?」


「今日負けたら、学校に行け」


「え……」


「一日だけでいいから、さ」


 そう言って、彼女は悪戯っぽくウィンクした。



+++



 翌日、僕は学校に向かった。

 同じクラスの力也がいなかった。

 特別訓練にでも行っているのかもしれない。

 あのチームはあれで中々戦果を上げていて評価をされているのだ。

 だからある程度の無理も見逃してもらっているが。


 あのチーム。

 自分のチームをそう表現できてしまう程に時間はたっていた。

 優子と会えないと思うと、安心したような、残念なような、複雑な気分だ。


 皆が好奇の視線を僕に向けてくる。

 久々の登校。ユニコーンのホルダー。噂の種はばっちりだ。

 女子生徒が一人、女子の集団の中から思い切ったように僕に駆け寄ってきた。


「ねえ、琴谷君。ユニコーンのホルダーだってホント?」


 なんだろう、その視線。

 まるで憧れのアイドルでも見るかのような。

 今まで僕が一生浴びれないと思っていた視線。

 徹が僕を使って得ていた視線。

 主人公の浴びる視線。


「まあ、そうだけど」


 女子の集団から黄色い悲鳴が上がる。


「凄い強いんだって?」


「そうでもないよ」


「今度私と勝負しようよ」


「なに騒いでるんだ。席につけー、時間だぞ―」


 担任のクマゾウが扉を開いて大声を上げた。


「お、コトブキ、来てるのか。今日はちょっと話がある」


「はい」


 ユニコーンのカードについてだろう。それは仕方がないことだ。

 カードやカードホールドは国の管轄下にある。

 だからこそ、何故師匠がそんなものを何個も持っているかという疑問が湧くわけだが。


 ホームルームが始まる。

 その時、クラスの扉が音をたてて開いた。

 傷だらけの会長がそこにはいた。


「どうした、御剣。傷だらけじゃないか」


 普段の凛とした会長の姿はそこにはなく、傷だらけで、メガネはひしゃげて、顔の傷からは血が流れ、ボロ雑巾のようになった会長がそこにはいた。


「コトブキ!」


「はい?」


 クラス中の視線が僕に向く。


「助けてくれ、お前がいないと無理な話なんだ」


「お断りします」


 即答だった。

 退部届けも郵送で出したはずだ。

 会長の表情が歪む。今にも泣き出しそうだ。

 彼がそんな表情を晒すのを、初めて見た。


「徹と優子の身に関わることでもか?」


 一瞬、頭が真っ白になった。

 幼い頃、三人で冒険ごっこをしていた時の記憶が脳裏に蘇る。


「頼む。彼らを救い出してくれ」


「卑怯ですよ……」


 僕はしかたなく立ち上がる。


「わかりました。授業が始まるまで話を聞きますよ」


「すまない」


 そう言って、会長は深々と頭を垂れた。



続く

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