浸食
僕は昼休みに、コースケを屋上の踊り場に誘い出していた。
僕らは向かい合う。
僕は剣呑な表情で。コースケは微笑んで。
「アークスだそうだな」
僕は、単刀直入に言う。
「そうだよ」
コースケは微笑んだまま返事した。
「狙いは誰だ。俺か。恵さんか。師匠か」
「いや、待ってくれ。僕は戦う気はない」
そう言って、コースケは両手を上げた。
「じゃあ、なんで?」
「歌世ちゃんが教師をやっていると聞いてね。少し気になって見に来た」
その返答は、僕をきょとんとさせるには十分だった。
「アークスとナンバースは敵対関係にあるんじゃないのか?」
「アークスも一枚岩じゃないってことさ。トウジみたいな過激派もいれば、僕みたいに黙々と異界研究に励む奴もいる。まあ」
そう言って、コースケは目を細めた。
「仲間の護衛として歌世ちゃんとは何度も戦ったけどね」
僕は息を呑む。
師匠がとどめを刺せなかった歴戦の勇士。
それがコースケなのだ。
「来たからには楽しもうと思ってるよ。コトブキ君にも仲良くしてほしいな」
「僕はアークスは好かない」
「まあ、トウジと戦えばそうだろうね」
コースケは苦笑する。
「けど、日を追うごとに僕を信じてくれるって確信してるよ」
不思議だ。
この男にはトウジのようにギラギラとした殺意がない。
まるで、本当に異界の研究を目的としているかのように。
「アークスの目的を君は知っているかい?」
「知らないな」
「異界をいずれくる世界の破滅から救う方舟にすることだ」
「世界の……破滅?」
「少なくともアークスではその日が来ると信じられている。その時に一人でも多くを生かす為に僕らは活動している」
途方もない話だ。
「つまり、穏健派は正義であるとすら言えるんだよ。ナンバースには信用されてないけどね」
「お前は……戦う気はないと?」
「だから言ってるじゃないか。仲良くしようって」
突然そう言われても信じられるものではない。こちらはトウジと命のやり取りをして、それ以来アークスを天敵として扱ってきたのだ。
それが仲間になる?
意味がわからない。
「君とは特に仲良くしたいと思っているよ。ユニコーンのホルダー」
そう言うと、コースケは話はここまでだとばかりに振り向いて、階段を降りていった。
僕はその場に残される。
戦う気はない?
信じれたものではない。
けど、コースケはアークスにも過激派と穏健派があると言った。
それが事実なら、コースケは人畜無害な人間だ。
信じられない心と、穏やかな現実。頭がパンクしそうだった。
その日の放課後、僕らは部室に集まる。
番長と一緒に、コースケが部屋に入ってきた。
「あ、お前!」
僕は思わず叫ぶ。
「今日から一緒に冒険することになるコースケ君じゃ。皆よろしく頼むの」
何も知らない番長は呑気なものだった。
アークスは徐々に、僕の日常を侵食していた。
続く




