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後日談

 その日も僕は夜の公園に足を踏み入れた。

 師匠がいつもの場所でいつものように缶コーヒーを飲んでいる。


 ホットだろうか。僅かに湯気が出ていた。


「どういうつもりだったんで? 僕らを下層に行かせて」


 僕は訊ねていた。

 今日の行動は師匠にメリットがない。むしろ、正体が疑われるというデメリットまであったと言えるだろう。

 師匠がなにをしたかったのか、知りたかった。


「なに」


 そう言って言葉を区切って、師匠はコーヒーを一口飲む。


「君達に経験を積ませたかったのと、適性検査だ」


「適性検査?」


「番長君をナンバースに引っ張ってこれないかって意見があってね」


 僕は目を丸くした。

 なるほど、番長ほど強ければナンバースも放置してはおけないというわけか。


「結果はどうだったんです?」


「彼は良い探索員になると思う。それも、指折りの」


「では、適性検査は合格ということで?」


 僕は複雑な気持ちだった。

 ナンバースの一員になるということは、アークスとの抗争に巻き込まれるということだ。

 師匠は苦笑する。


「そう嫌そうな顔をするなよ。残念ながら、彼はナンバースには向かない」


 僕は胸を撫で下ろした。


「なら良かったです。知り合いが危険な職につくのは僕としては寝覚めが悪い」


「彼は攻撃を受けることを前提に戦うタンクタイプの人間だ。けど、それはアークスの空間の断裂系統の攻撃とは非常に相性が悪い。しかし、通常モンスターを相手にするなら非常に有効だ。探索員として推薦しておくよ」


「ありがとうございます」


「優秀な探索員が増えるのは私としても望むところだからな。まあいい形に収まった。後はこれだ」


 そう言って、師匠はカードを一枚取り出した。

 不死鳥の絵が描かれたカードだ。


「それは……」


「聖獣のカード。これを回収したかった」


「あこが聖獣のダンジョンだと知ってたんですか?」


「聖獣の出るダンジョンは大抵経験値がオイシイのだ。話を聞いた時からピンときてた。君達が鈴の森の異界に行きたいと言い出した時はしめたものだと思ったね」


「それならそうと先に言ってほしいものです」


 下手をすれば死人が出ているところだ。


「君達なら攻略できる。そう確信していた。正直なところ、君達パーティーは一般クラスの探索員より強い。経験も積めるし一石二鳥だ」


「なるほど、全ては師匠の想定の通りということでしたか」


「そうなるな」


 師匠はそう言うと、カードをカードホールドのメインスロットに入れた。


「今度は一般人にやるなよ、という厳重注意とともに私に下賜された。報酬の方は別枠できちんと君達に振り込まれるからそこは心配しないでほしい」


 師匠の背に炎の翼が生える。そして、それを囲むように炎の輪が燃え盛った。

 凄い熱気だ。

 まるで、炎の精霊が舞い降りたかのような。


「ま、私向きじゃないってのが感想だけどな。どう伸ばしていくかはこれから考えていくとするよ」


「師匠の経験と不死性が合わさったらかなりの脅威だと思いますけどね」


「どうだろう。まだこのカードは生まれたてだ。スピードもパワーもない。これからこのカードを育てることが急務になるだろうね」


「……異界に篭もるので?」


「君達と一緒に篭ろうと思う。今後は、私も戦うよ」


 予想外の言葉に、僕は再び目を丸くした。


「ナンバースの師匠が、僕達と?」


「ああ、そうだ」


「ナンバースの仲間とかいるんでは?」


 師匠は肩を竦めた。


「皆忙しいのさ。本当なら一人でも篭もれるが、どうせだから全体の底上げをするのも悪くはない」


「師匠、まさか……」


 僕は目を細めた。


「他にもナンバースの勧誘対象っているんですか?」


「君がその筆頭だけどね」


 僕は驚かなかった。

 師匠がナンバースと聞いてから、薄々感じていたことだ。


「ちなみに、私は反対している。自分のせいで君が巻き込まれることになればそれこそ寝覚めが悪いって奴だ」


「それじゃあ、なんで?」


 僕達を鍛えようとするのだろう。


「私の権力はあまりにも小さい。私達は個人ではなく団体だ。ユニコーンのホルダー、それも異界を操る人材となれば垂涎物だ」


 僕は黙り込む。確かに、異界を操る人材はナンバースの欲しがるところだろう。


「本当はそんなつもりなんてなかったんだ。しかし、君は適応しすぎた。ユニコーンの速度にも、異界のコントロールにも。君がナンバースに入れば上位の数字を貰えるだろうね」


「僕の実力は、そこまでですか」


 正直、実感がない。脇役としての人生を長く続けていただけに、VIP待遇には慣れていないのだ。


「もちろん。自覚ないのかい?」


「凄いのかなって思うときもあるけど、自信はないです」


「君らしいね」


 師匠はそう言って微笑んだ。


「まあ、君達を巻き込まないように私も意見を言っていく所存だ。番長君はその良い例だろう。それとは別に、探索員になる前に業務内容を知っておいてほしいという親心もある」


「師匠なりの育成と言うわけですか」


「そゆこと。異界のボスと戦えて良い経験になっただろう? あこまで強いのはそうそういないから安心することだね」


「そう言われると、少し気が楽になります」


「それに、私がついていたら、万が一の時に全滅を避けれるだろう? 私のエルフのカードは回復も攻撃もこなすからね」


「そうですね。僕達だけで挑むよりかは安心感が違う」


「これも教師って役職を割り振られたおかげだ。ナンバース様々だよ」


 なるほど。師匠は師匠なりに親心を持って僕らに接してくれているのだ。


「これからも異界を攻略していくぞ。卒業までに君達を一線級に育て上げるつもりだ。就職後の昇進ペースは早くなるだろうね」


「ありがたい話です」


 異界の下層探索。ボス攻略。いずれも就職したらこなさなければならないいつかくる壁だ。

 それを安全な環境で予習させて貰えるならばこんなに良い機会はない。


「それにしても不思議なのは、番長君や緑君や蹴鞠ちゃんみたいな人材が在野にいたことだね。これが放置されてたかもしれないっていうんだから人生は面白い」


「不器用ですからね。僕も含めて」


「正直、教師としての喜びに目覚めかけてるよ」


 そう言って、師匠はコーヒーを一口飲んだ。

 そして、カードホールドのメインカードとサブカードを入れ替える。

 その瞬間、炎は消えて、師匠の髪が緑色になり、耳は尖った。


「さて、今日も実践訓練だ。私から一本取るまで続けるぞ」


「はい!」


「それにしても、君は自覚してるのかな?」


 師匠は面白げに言う。


「私から一本取れる手合いなんてナンバースにも中々いないんだぞ」


 僕は息を呑む。

 それは、ナンバースの勧誘候補筆頭に僕が数えられるわけだ。


「さ、やるぞう」


 そう言って、師匠は空き缶を高々と投げた。それはゴミ箱に入って乾いた音をたてた。



続く

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