聖獣
「む、無理ですよ」
衝撃の提案から、最初に口を開いたのは先輩だった。
「異界のボスってプロの探索員が十数人かけて倒すんでしょ? 私達MTですよ?」
「先生は加勢に入ってくれるんですか?」
僕は問う。
師匠が戦闘に加われば、どんなボスモンスターだろうと倒せるだろうという信頼が僕にはある。
「入らないね。それに、場合によってはコトブキ君に行動制限をつけようと思っている」
「MTだけ、それも聖獣のホルダーも抜きかよ……」
信じられない、と笹丸は言いたげだ。
「冗談きついぜ歌世ちゃん」
緑は顔面蒼白だ。
「冗談じゃない。君達にはそれだけの力があると思っている。それに」
歌世は真っ直ぐに皆の顔を見た。
「君達は将来探索員になるつもりだろう? 異界のボスとの戦いは良い経験になる」
「と言ってもなあ……」
「なあ……」
笹丸と緑はすっかり怖気づいている。
「ええじゃろう、引き受けよう」
そう言ったのは、番長だ。
「番長!」
「無理っすよ!」
「いずれぶつかる敵じゃ。経験しとくのも悪かない。自分に探索員の適性があるかを試す良い機会じゃ」
「そりゃ、いつかはぶつかるんだろうとは思うっすけどね」
「早いか遅いかじゃ。後はなるようになる。古代種のホルダーが二人いるのも珍しいことなんじゃぞ」
「そういうこと。古代種のホルダーを軸に戦えばそう負けることはない」
そう言って、歌世は目を細める。
信じている、とばかりに。
「しかしのう、歌世先生のメリットはなんじゃ? わしらに万が一があった時、責任を取るのは先生と校長じゃぞ」
「私は皆に色々な経験を積んでほしいだけだよ。それに、君みたいな優秀な壁役がいて負けはあると思うかい?」
「……まあ、ないじゃろうな」
上手いな、と思った。
これで反対すればそれは番長の実力を疑っているということ。
今の部では番長が一番力関係で上にいる。
反対意見をそうして封じ込めた形だ。
「あー、もう。なるようになれ、か」
先輩が溜息混じりに言う。
「恵」
「なんですか、歌世先生」
「アクセルフォーまでの解放を許すわ。存分に暴れなさい」
「はいっ」
恵は目を輝かせると、弾んだ声で言った。
こういうところはナンバースなんだなと思う。
彼女は既にプロなのだ。
手に温もりを感じて、僕はそちらに視線を向けた。
優子が、僕の手に触れていた。
助けを求めるように。
僕は、その手を握った。
「大丈夫。歌予先生がなにも考えずにこんなことを言い出すわけない。それに、先輩達が強いのは事実だ」
「……うん」
優子は、強い決意を篭めた目でそう言った。
「話は決まった。後は移動だ。下層の東側は大体見た感じだったね?」
マッピングを任されていた荷持の笹丸が同意する。
「ええ。東半分のマップはできています」
「残りは西半分。その何処かにボスがいる。まずは探索だ」
そう言って、師匠は立ち上がった。
皆、つられるように立ち上がる。
先輩が菓子のゴミを集めて鞄に入れて、最後に立ち上がった。
「私、こんな場所で死にたくないなあ」
ぼやくように言う。
「大丈夫じゃわい。俺が守る」
「程々に頑張ってね」
「程々ってなんじゃ?」
「絶対守ってね、なんて約束できないでしょ」
「絶対守るわい」
意地になったように番長は言う。
以前先輩に告白したことがある番長。
今でもその想いは変わらないのかも知れなかった。
今度の道中は、皆、無言になった。
淡々と敵を倒す中にも緊張感が漂う。
自分達はいつそれを見つけるのか。運命の時はいつ訪れるのか。そんな緊張感に満ちている。
そして、礼拝堂のような開けた場所に一同は辿り着いた。
師匠が中に靴を投げる。
そして、今度はすぐに中に入らずに、暫く様子を見た。
「いかにもって感じだね。ここはきな臭い」
「それじゃあ、俺から入る。順番に入ってくれい」
そう言って、番長が中に入っていく。
鳥の鳴き声が響き渡った。
上空から舞い降りてきたのは炎に包まれた鳥。
僕の知識に間違えがなければ、フェニックスだった。
なんてことだ。
こんな時に、聖獣のボスを引き当てるだなんて。
「びびったら負けじゃ」
番長のその一言で、皆、戦闘態勢に入った。
僕の行動制限はなにになるんだろう。
そう思いつつも、やけに冷静な自分を感じていた。
師匠との夜間訓練。そして、聖獣のカードを使って駆け抜けてきた日々。それは戦士としての自信を僕に与えていた。
続く




