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その時、心を開いて

「というわけで、ナンバースに所属している歌世師匠に世話になってるわけだ」


 僕は今回の対悪魔戦で世話になった歌世の正体を優子に告げていた。

 割れたガラス窓からは肌寒い風が室内に入りこんでいる。


「ナンバースとアークス……暗躍する二つの勢力があるわけか」


 優子は、戸惑うように言う。


「なんか現実味がないね?」


「けど、歌世師匠が急に泊まれることになったのも、恵さんがうちに住むことになったのも事情がわかるだろ?」


「恵は、ナンバースなの?」


 優子は、息を呑む。


「元アークスで現ナンバースなのかな。僕も所属のことはよく知らないや。多分ナンバースなんだろうと思う。僕の護衛だ」


「そっか。もうコトブキは、巻き込まれてるんだ」


 優子は深刻な表情になった。


「なんか、どんどん遠くに行っちゃうね、コトブキは。勇敢だから、仕方ないんだろうけど」


「僕に勇気なんかないさ。臆病だから、優子に打ち明け話なんかをしてる。優子に少しでも理解してほしくて、隠せばいい部分を明かしている」


「私は、夢を見てたよ」


 優子は、呟くように言う。


「幸せな夢。コトブキが私に真正面から向かい合ってくれる夢。それが叶ったんだから、こんなに嬉しいことはない」


「そっか、なら良かった」


 僕は微笑む。

 優子も、満足そうに頷いた。


「好きだよ、コトブキ」


 優子は真っ直ぐに僕を見ていった。

 僕は僅かに目を見開く。

 彼女の視線が逸らされ、下を向き、そして宙空を泳ぎ始める。


「ずっと昔から、好きだったんだ。コトブキのことが、好きだったんだ」


「なんで……? 僕の恋人なんて、嫌だろ?」


「なんでそんなことを思うんだよ。コトブキがいなかったら、私は死んでるんだから」


 それは、幼き頃に彼女が浴びた呪い。

 その呪いに突き動かされて、彼女は生きてきたのかもしれない。

 それを僕は、不憫に思った。


「あれは偶然だ。ヤマカンのまま動いたらたまたま思った通りに行っただけで。それを君が負担に思うことなんてないんだ」


「負担になんて思ってないよ。むしろ良かったと思ってる。コトブキの格好良い部分に気づけたから」


「徹のことが好きなんじゃないのか?」


 優子は頬を赤く染めて俯く。


「そういうんじゃないって、ずっと言ってるじゃんかあ」


 そっか。

 今までの優子の不自然な言動。

 それを、僕が好きだからという条件で再確認すると、規則性が認められる。


 こんな簡単なことに、今まで気付かなかっただなんて。


「……僕も、優子のこと、好きだよ。ずっと僕の日常であって欲しいと思っている」


 優子は目を見開いて僕を見る。

 その目に涙を浮かべて、微笑んだ。


「私達、両想いだね」


「……だな」


 優子は僕の後頭部に腕を搦て、胸に抱き寄せた。


「もっと早く言ってれば良かった。そしたら、もっと恋人らしいことできたのに」


「遅くはないさ。僕達は一年生だ。学校を卒業するまで色んなイベントがある」


「そうだね。これからは二人で楽しもう。クリスマスの彩りも。バレンタインの味わいも」


「……そうだな」


 現実味が沸かない。

 こんなに幸せで良いのだろうかと思う。

 けど、僕らの心は強く結びついた。

 まるで、何かに引き寄せられるかのように。


 眠気が襲ってきた。

 僕は優子の体の温もりを感じながら、ウトウトとしていた。

 今日はずっと気を張っていたから疲れたのだ。


「優子、ごめん。ちょっと眠りたい」


「うん。色々話してくれてありがとうね」


「こっちこそ、告白してくれてありがとう」


「……なんか、照れ臭いね」


 優子は幸せそうに微笑んで言う。


「そうだな。照れ臭いな。明日からずっとこれが続くなら、ちょっと困るな」


「けど、コトブキは有名人なんだから。オープンにしといてもらわないと困るよ。恵にも」


「恵さんと僕はなんでもないさ」


「恵はそう思ってるかなあ」


「大丈夫だよ。優子の考えすぎだ」


「そっか」


 苦笑交じりに、優子は言う。


「おやすみ、コトブキ」


「おやすみ、優子」


 その日の早朝、僕は起きて優子の家の窓から外に出た。

 師匠が玄関の前で待っている。

 僕を見上げて、微笑んだ。


「お、コトブキ君。やることはやったかい?」


「師匠こそ。遺体の処理は終わったんですか?」


「今頃火葬されてるんじゃないかな」


 師匠の顔が、ふと真顔になる。


「悪魔のカードは何処かに消えてしまった。また、被害者が出るかもしれない。当面のナンバースの敵は悪魔のカードだ」


「なんだったんでしょうね、あれは」


 ユニコーンのカードをカードホールドのメインスロットに入れて、師匠の横に着地する。


「……あんな物が存在するならば、あれは異界そのものの象徴なのかもしれないな」


 師匠は、ぽつりとそう言った。

 その真意は、僕には掴めなかった。

 ただ、師匠が僕よりも遠くを見据えていることは、なんとなくわかった。



+++



 翌日、僕は家で目が覚めた。

 フライパンにおたまを持った恵が部屋に入ってくる。

 そして、起きている僕を見て、戸惑うようにそれを背後に隠した。


「寝不足かと思ってました」


「存分に寝たよ」


 苦笑交じりに僕は言う。

 思い返しても長い一夜だった。

 優子の懐で寝た。あれは、本当に現実のことだったんだろうか。

 全ては夢だと言われても、僕は疑わないだろう。


「あのさ、優子に告白したよ」


 恵の手からおたまが落ちる。


「あ……そうですか。返事は?」


「二重丸」


「おめでとうございます。晴れてカップルですね」


 恵は食いつかんばかりの勢いで近寄ってきた。

 思わず、背後に後退する。


「優子が余計な心配をしてるみたいだから、恵さんには伝えておく」


「ふふ。私がコトブキ君を好きなんじゃないかって思ってるんでしょうね」


「そうらしいんだよな。そんなことないよな?」


「当然です。思い上がらないで頂きたい」


 恵の言葉には、どこか毒があった。


「コトブキ君みたいな鈍感さんを貰ってくれる人ができたんです。祝わないといけませんね」


 そう言って、恵はおたまを拾うと、部屋を出ていった。

 玄関の扉が開く。


「コトブキー、おはよー」


 優子が、幸せいっぱいと言った様子で声を響かせる。

 僕は寝間着のまま、一階へ降りていった。


「おはよう、優子」


 なんだろう。柄にもなく緊張する。


「おはよう、コトブキ」


 沈黙が周囲を包んだ。

 照れ笑いの表情のまま、二人して固まる。


「なにしてるんですか、野生動物が人間と出くわしたような顔して」


 今日の恵にはやはり何処か毒がある。


「昨日の……夢じゃないよな、優子」


 優子は照れくさげに苦笑する。


「私の部屋の窓、割れたまんまだよ。昼の間に業者さんに来てもらうんだ。だから、その、ね?」


 その、ねという一言には色々な思いが篭められていそうだった。


「カップル成立じゃないですか。おめでとうございます」


 恵が、囃すように言う。


「恵、照れ臭いからそういうのは言わないで!」


「なにを今更照れてるんだか」


 恵は苦笑する。


「最初から、付け入る隙なんかなかったじゃないですか。随分遠回りしてたけど、おめでとうございます」


「ありがとう、恵」


 優子は苦笑する。

 これで当分は優子の嫉妬も収まるだろう。

 そう思うと、僕は少し気楽になった。


「じゃ、学校行こうか。着替えてくるよ」


「うん。待ってる」


 着替えも終わり、いつもの通学路を三人で歩く。

 不良二人が混ざってきて、五人のグループができあがる。


「今日は異界攻略を本格的にやるんだってよ」


 笹丸が僕の肩を抱いて、深刻な表情で言う。


「頼むぜ、ユニコーンのホルダー」


「交際して早々に死ぬのは嫌だなあ」


 僕はさり気なく言う。


「ん?」


 笹丸は目を丸くして、僕から距離を置いた。


「お前ら、ついにデキたの?」


「まあ、そんなところだよ」


 優子も苦笑交じりに言う。


「大ニュースだな」


「学校じゃお前に憧れてる奴が多いから激震が走るぜ」


 笹丸も緑もすっかり面白がっている。


「まあ、収まる場所に収まった。って感じですね」


 恵が苦笑交じりに言う。


「ああ。優子は僕の恋人だ。これから先、ずっと」


「おおー」


「大きく出たねー」


「結婚とか考えてないので?」


 恵が囁くように言う。


「けっ!」


 優子と僕は異口同音に言って言葉を失う。


「まだまだ先は長そうですねえ」


 恵は悪戯っぽく微笑んで言った。

 今日の空気は、いつもより美味しく感じられた。



続く

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