決別
部室に戻ると、皆異様なものを見る目で僕を見ていた。
いたたまれずに、その場を後にすることにした。
「道具片付けてきます」
「待て」
会長が淡々とした口調で短く言う。
「帰りのミーティングがまだだ」
僕は立ち止まり、席に着く。
皆、席に着いてテーブルを囲んだ。
「何故、ユニコーンのホルダーであることを隠していた」
会長の声は緊迫感に満ちていた。
責められているようで、僕はやはり落ち着かない。
「まあいい、今日からお前は前衛だ」
「え?」
会長の言葉に僕は目を丸くした。
「荷持には徹が入ってもらう」
「そんな……」
徹は主役だ。これでは立場があべこべになってしまう。
「嫌ですよ。僕は荷持でいいです」
「決定事項だ。聖獣のホルダー。遊ばせておくわけにはいかない」
徹に視線を向ける。
何を考えているのか俯いていた。
玲子と双子は落ち着かさなげにそっぽを向いている。力也は足をぱたつかせていた。
僕はだんだん苛立ってきた。
「勝手ですよ。抜けろって言ってたくせに」
「それはお前が真の実力を隠していたからだ」
刺すような沈黙が場を支配した。
「二人にしてもらっていいですか」
徹が、優しく微笑んで言った。
ああ、徹。優しい彼は脇役に回ると自ら申し出るつもりなのだろう。
「ともかく、抜けさせてもらいます」
立ち上がって、部屋の外へと歩き出す。
その腕を、徹が掴んだ。
痛いほどの握力だ。
僕はやむなく立ち止まる。
皆、部屋を出ていった。
最後に優子が不安げに室内を眺めて、扉を閉める。
そして、その場には僕と徹が残された。
「話があるんだ、コトブキ」
「なんだよ」
自分は裏方に回る。彼ならばそう言うだろう。
「ユニコーンのカード。俺に譲ってくれないか」
徹は俯いて、口だけが苦笑しているのが見える。目は髪に隠れて見えない。
僕は呆気にとられた。
「い、嫌だよ!」
「譲れよ。柄じゃないだろ、華々しい前衛なんて。いいじゃないか。何度俺がお前を助けた」
「嫌だ!」
「譲れよ!」
「嫌だ!」
徹は僕の腕を捻り上げて、壁に叩きつけた。
「優子の前で俺に恥をかかせやがって。あんな敵俺でもどうにかできたんだ」
怒られている? 命を助けたのに?
その事実に、僕は怒りを覚えると同時に愕然とした。
「なら、すれば良かったじゃないか!」
「お前がしゃしゃり出ることなんてなかった!」
「……ごめん」
沈黙が場を支配する。
「お前は脇役なんだよ。最高の脇役だ。主役の俺を有能で優しいと印象づけるための最高の脇役だ」
僕は息を呑んだ。
「それがなんだ? 聖獣のホルダー? 生意気なんだよ。お前は俺の後ろでびくびくしてればいいんだよ」
知らなかった。
徹がこんなことを考えているなんて思いもしなかった。
「馬鹿にしていたのか……僕を」
「そうなるな。だってそうだろう。お前みたいに人付き合いもろくにできない奴」
否定してくれ。その願いは呆気なく砕かれた。
「なあ、譲れよ。これからも俺が守ってやるよ。だからお前は俺に貢げ。地位も名誉も名声も。そうしたら俺の後ろに置いておいてやる」
なんて惨めだったんだろう。
幼馴染からは内心見下され、周囲には馬鹿にされて。
「優子だってきっと同じことを言うだろうよ」
その一言は、僕の心を深く斬り裂いた。
僕は片手を伸ばして鞄からカードホールドを取り出し腕に巻く。
そして、徹を壁に叩きつけた。
徹は呆気にとられたような表情をしていたが、そのうち憤怒の表情で僕を見た。
「お前……!」
「出ていく。部は抜ける。だから僕の人生にもう一生関わるな」
絆は、断ち切られた。
縋っていた幼馴染。僕と学校とMTをつなぐ細い糸。
それは今完全に断ち切られた。
「カメレオンがお似合いなんだよ、お前は」
徹は顔を歪めて、今にも泣きそうな顔で言う。
「もう話すこともないよ。お荷物が消えて清々するだろう?」
徹は黙り込むと、俯いた。
僕はその場を後にする。
「後悔するなよ。俺にカードを譲らなかったこと」
徹は刺すように言った。
僕は心に一抹の不安を感じながらも、部屋を後にした。
優子が駆け寄ってきた。
「なんの話だったの?」
愛しい優子。けど、今は壁を隔てた向こうにいるように感じる。
徹の言葉は呪詛となって僕を蝕んだ。
優子もきっと、内心僕を馬鹿にしている。
二人して、馬鹿にして、影で笑ってたんだ。
僕は優子の横を通り過ぎた。
「どうしたのよ、コトブキ。それにしても凄いじゃない! ユニコーンのホルダだなんて!」
「馬鹿にできなくなったな」
「馬鹿になんてしてないよ」
「僕が力を持ったら掌返しか?」
「おかしいよ、コトブキ。なんでそんなことを言うの?」
「鬱陶しいんだよ」
優子が息を飲むのがわかった。
「お別れだ」
僕はその場を後にした。
優子は追っては来なかった。
幼稚園時代から続いた絆は、こうして断ち切られた。
続く