夢見人
なんであんなことを言ってしまったのだろう。
帰り道、優子はぼんやりとそんなことを思う。
一番最初に異変に気づいたのは、コトブキが笹丸と緑を昼に誘った時だ。
今まで幼馴染の空間に彼は他人を誘おうとはしなかった。
それが、他人を誘うようになった。
心を開く術を思い出したかのように。
彼はユニコーンのカードを手に入れてからと言うもの、あっという間に学校の人気者となった。
けど、優子にとってコトブキはコトブキだった。
しかし、コトブキはコトブキで色々な環境の変化を経て、変わりつつあった。
恵が同居すると聞いた時、叫びたいような気分になった。
また、コトブキは他人に心を開く術を思い出す。
自分だけのコトブキだったものがそうではなくなる。
それが、仕方ないこととは言えど優子には耐え難いことだった。
その結果、あの台詞へと繋がる。
「貴方は……誰?」
学校で浮いていたコトブキはもういない。
先生を信頼して、笹丸や緑を信頼して、恵を信頼して、心を開くコトブキ。
殻に篭っていたコトブキはもういない。
まるで、枷を外していくかのようにコトブキは変化していく。
遠くへ行こうとしているかのように優子には思える。
それはきっと喜ばしいことだ。
邪魔をする自分がどうかしている。
けど、仕方ないのだ。
優子にとってそれは、耐え難いことだから。
「……勝手だな」
一人、呟く。
「どうしました、お嬢さん」
一瞬、自分が声をかけられたのだと気づかなかった。
いたのは、白髪に黒いコートの老人が一人。
彼は微笑んで、優子の隣に座った。
「なにか悩み事でも?」
「いえ、なんでもないです」
流石に優子も、初対面の相手に手放しで頼るわけがない。
「私なら全てを解決できますよ」
それは大きく出たものだ。優子は鼻白む。
「そう、例えば貴女の想い人。それを振り向かせる夢を永遠に見せることもできるのです。夢が永遠に続くのならばそれは現実とどう変わりあるでしょう」
一気に胡散臭い話になってきたな、と優子は思う。
けど、その語る内容には魅力的な響きがあった。
「貴女も、夢の世界の住人になりませんか?」
優子は、吸い寄せられるようにその誘惑に惹かれていた。
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「いやね、海に釣り人が落ちてなにしてたかって言うと寝てたのさ」
夜の公園で、師匠はことのあらましを語っていた。
「寝てた?」
「うん、寝てた。寝不足だったんだって」
「もう海水も寒いでしょうに……」
「そこが不思議なとこなんだよな。一応監視つけるように手配しといたけど」
「監視を?」
「なんかね、響くのさ」
そう言って、師匠は自分の頭の横の空間を指でかき混ぜた。
「こう、私の勘が、これは何かあると告げているんだ」
「当たるといいですね、その勘」
勘が良ければ捕虜になんてなってなかったんじゃないかと僕は思う。
「おや、信じてないな。女の勘は当たるぞ」
尚更胡散臭くなってくる。
「あのまま放置していたら、あの人は死んでいた。そんな気がするんだ」
師匠の言葉に僕は絶句した。
「それは、寒さで?」
「いいや。私は、なんかの尻尾を掴んだような、そんな気がしている」
「僕には何も見えないなあ」
「まあ、正味私も偶然かと思う部分はある。けど、頻発する死者。眠り落ちる人。関係性がないと言い切ったらヒントがないんだな」
「藁にも縋るって奴ですか」
「まあそんなとこ」
そう言って、師匠は空き缶をゴミ箱に高々と放り投げた。
乾いた音をたてて缶はゴミ箱に収まった。
続く




