戴冠の儀
冠を持つ魔王の手が徐々に僕の頭に伸びてくる。
しかし、僕は何故か抗う気も起きず、それを享受しようとしていた。
「コトブキ! 正気に戻って!」
優子の声が虚しく響く。
すまない、優子。どうしてか、抗う気になれないんだ。
「聞き分けがないんなら、力付くで行くぞ、ユニコーンのホルダー!」
冬馬が跳躍する。そのコートに絡みついた蛇が前方に伸び、魔王に襲いかかった。
しかしそれは、見えない壁に阻まれた。
「魔王の防壁」
魔王は優しい音色で言う。
「誰も魔王の行動を阻むことはできない」
そして、魔王はふと気づいたように僕のカードホールドに目を留めた。
「偽りの魔の力はもういるまい。お前の魔の力として使うが良い」
そう言うと、カードホールドは僕の体内に吸収されて、僕の一部となった。
体が熱い。
聖獣のカードが、魔物の外套が、大鎌が、体の中で荒れ狂っている感じだ。
「そうかな」
そう言ったのは刀を鞘に入れたまま突進してきた徹だった。
「一閃!」
次元をも断つ徹の居合。
何かが割れる音がした。
魔王の防壁は割れ、徹の居合が魔王の首に肉薄していた。
魔王は指一本を差し出して防壁を展開し、それを防ぐ。
しかし、僕に腕を伸ばす動作は一瞬止まった。
「琴谷君! 歌世さんは、こんなこと喜びませんよ!」
烈が、意を決したように叫んだ。
声が僕の中で反響する。
目が覚めたような思いだった。
師匠。
僕の恩人にして先人。
師匠ならたしかに、こんな僕を見てがっかりするはずだ。
冷静な思考が戻り始める。
しかし、その時には、魔王の手が僕の頭に冠を乗せていた。
体から魔の波動が溢れ上がる。
なんだろう、この力は。
なんでもできそうな気がする。
「夢から覚めたような心地だろう、息子よ」
魔王、いや、大魔王は言う。
「しかしそれは、元々お前が眠らせていた力なのだよ」
「はい、父上」
僕の口は勝手に動いていた。
まるで僕がもう一人生まれたようだ。
僕は俯瞰で、勝手に動くもう一人の僕を見ている。
「さあ、かつての仲間を殺すのだ。お前の中に残る最後の甘さを断つために」
やめろ。僕は叫び声を上げる。
しかし、それは現実世界になんの影響を与えることもなかった。
「わかりました。父上」
そう言うと、僕の手には巨大な漆黒の大鎌が握られていた。
続く




