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新しい日常

「ということでだ。本日のホームルームだが最後に大事な発表がある」


 担任のクマゾウが珍しく真面目な表情で言う。


「今日で俺はこのクラスの担任ではなくなる」


 ざわめきが周囲に広がる。


「入ってきてくれ」


 クマゾウがそう言うと、若いスーツ姿の女性が室内に入ってきた。

 眼鏡の弦を軽く指で押して位置を整えている。

 僕は唖然とした。

 その外見はどう見ても師匠だった。


「四法印歌世です。今日から皆さんの担任になります。楽しい思い出にできたら良いなと思っているのでよろしくお願いします」


「と、言うことだ」


「熊野先生体調でも崩したんですか?」


 力也が戸惑うように言う。


「いや、万全だよ。ともかく四法印先生とこれからは仲良くやっていってほしい。では、授業の時間まで教室で静かにしているように」


 クマゾウがそう言って出ていった瞬間、教壇の師匠に生徒が殺到した。

 全くもって新しい物好きな連中だなと思う。


 師匠は嫌な顔一つせずに周囲の質問に答えていく。


「なんかこの後の展開が見えたなあ……」


 僕はぼやくように言う。

 近くに来ていた恵が耳聡くその台詞を拾い上げた。


「と言うと?」


「顧問だよ」


「ああ……そうですよね」


 案の定だった。

 部活の時間、部室には師匠が顔を出していた。


「今日から皆さんの顧問になる四法印歌世です。気楽に歌世ちゃんって呼んでね」


 語尾にハートマークでも付きそうな愛想の良い声で言う。


「歌世ちゃんが顧問かよ!」


「ラッキー!」


 笹丸と緑は相変わらず調子がいい。


「よろしく頼むの、四法印先生」


 番長がどっしりと構えて言う。


「いやあ、若者から元気を貰おうと思ってるよ」


「と言うても先生も若いじゃろ? 大学出たてとかに見えるがのう」


「上手だなあ。まあ年齢は女性のトップシークレットだ」


 そう言って微笑む。

 見惚れたように笹丸と緑は息を呑んだ。


「じゃあ今日は歌世ちゃんの歓迎会で異界行こうぜ」


「いいな、それ。俺達の戦いを歌世ちゃんに見てもらおうか」


「つってもいいとこは全部部長が持ってくんだろうけどな」


「ああ、そっか。そういやそうだ」


 笹丸と緑が恨みがましくこちらを見る。


「別に僕は荷持しつつ待機でもかまわないけど」


「荷持はゴリラのホルダーである笹丸の適所じゃ。無理して譲らんでいいぞ」


 番長はそう言って腕を組み、椅子に深々と背を預ける。


「むしろ安心してもらおう。俺達だけでも安全に異界に潜れるのだと」


「その点なら先生も安心してほしいな」


 そう言って師匠はウィンクする。


「皆の実力は動画で見た。一線級じゃないか。先生は大人しく皆の冒険をバックアプするよ」


「そりゃ話が早い」


 番長は満足げに頷く。


「ちなみに先生はなんのホルダー?」


 笹丸が問う。


「エルフのホルダーだね。ピーキーなぐらい速いよ」


「素早さ高めてアクセル系統のスキルを伸ばしてるのかな?」


 優子が言う。


「その通り」


「邪道だけど極めれば強いね。基本エルフって弓系統と技術を伸ばしていくものだけど、それじゃあんま潰し効かないのよね」


「うん、素早さを高めることで……」


 その日の部活は結局、師匠の質疑応答で終わったのだった。

 夜の公園で、師匠と向かい合って言う。


「吃驚しましたよ、師匠」


「護衛を配置するとは言ってあっただろう?」


「まあ言ってはいましたけどねえ……」


 こんな直接手段を取られるとは思ってもいなかった。


「それよりも、気になる話が一つ」


「と言うと?」


 師匠は顎に手を当てる。


「今、この町で、連続変死事件が起きている」


「変死……?」


「皆、寝入るように安らかに死んでるんだ。健康面に問題はなかった人々が」


「寿命じゃないですか?」


「いや、若い人間のほうが多い」


「それは……たしかに変死だ」


 若くて健康的に問題がない人間が唐突に死ぬ。変死としか言いようがない。


「ナンバースは、ある種のホルダーがこの町に潜伏していると考えている」


 僕は息を呑んだ。

 ホルダー犯罪者というわけか。


「だから、この町に根を下ろす人間が必要だったわけだな」


 そう言って、師匠は手に持っていた缶コーヒーの空をゴミ箱に向かって高々と投げた。

 放物線を描いたそれは乾いた音をたててゴミ箱に落ちた。



続く

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