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近づく気持ち

「コトブキー、起きろー」


 徹の大声で目が覚めた。

 全身筋肉痛だ。

 昨日は一晩中剣也のしごきを受けていた。

 しかも、師匠と違って剣也にはヒールがない。


 それは、筋肉痛も残るというものだ。

 ゆっくりと這いずるようにベッドから降りて、部屋の扉を開けようとする。

 自動ドアのように扉が空いた。


 恵が、呆れたような表情でこちらを見ていた。


「何時まで寝ているんですか、コトブキ君」


「あーっと、えー……今、何時?」


「九時です。結局ナンバース入団試験はどうなったんで?」


「それは合格した」


「そうですか」


 恵は、泣き笑いのような表情になった。


「祝福してあげたいところですが、少し、複雑です」


 そう言うと、恵は去っていってしまった。


「コトブキー、まだかー」


 徹はまだ呼んでいる。

 彼と約束した覚えはないのだが。

 慌てて玄関に降りていく。


「なんだよ徹。朝っぱらから」


「朝っぱらから、じゃないよ。お前、生徒会のスイカ割りの日じゃん今日。忘れてんじゃないの?」


「……忘れてた。てか、徹関係ないじゃん」


「補欠人員として奮闘したご褒美として参加が認められたってかお前が認めたんだろ」


 そう言えばそうだった気もする。

 師匠の死以来すっかりぼけている。


「僕はそういう気分じゃないから欠席……」


「するって言うだろうから無理やり連れてこれるだろう俺が出てきた」


 徹は堂々と言う。


「さ、準備しろコトブキ。もう遅刻だぞ。皆お前を待ってる。功労者のお前をな」


「あー、まあ、わかった」


 相変わらず押しに弱い僕である。


「ちょっと待ってくれ。バイト先の上司に連絡を取る」


「お前、バイトなんかしてたっけ?」


「最近始めたんだよ」


 バイトというのは建前だ。剣也のスマートフォンに電話をかけて事情を話す。


「ということで、本日は夕方まで休みをいただきたいのですが……」


 気合が足りない、と怒鳴られるだろうか。そんな予測に気が重くなる。


「いいんじゃないか」


 返ってきた言葉は、予想外のものだった。


「お前も若いんだ。大人しくしとらんともっと遊んでええ。そんじゃあの」


 電話はそうやって一方的に切られた。


(あの人、一人で捜査を進めるつもりかな……)


 まあ、僕のようなMTの若造が横にいるよりは現役探索者一人で動いたほうが情報収集はしやすいかもしれない。

 こうなっては仕方がない。

 行くしかあるまい。


「全然大丈夫だった。着替えてくる」


 本音を言えば。

 予定が入ってほしかった。


 六人揃って、海まで歩く。

 無口な使に徹が延々と絡み、はじめを呆れさせ、そんなはじめを純子が面白がる。

 そして、少し離れた場所から、僕と優子はそんな皆を見ていた。


 二人の間に会話は少ない。

 本当はしなくてはならない会話があるのはわかっている。

 それを、避けている。


 お前達は子供を作れない。

 ジエンドの呪いのような言葉が、重くのしかかってくる。

 けど、結論は決まっているのだ。

 それは僕だけで、優子は違うのかも知れないけれど。


 これが最後かもしれない。そう思いながら、二人で生徒会メンバーのどんちゃん騒ぎを眺めて進む。

 海に着くと、水着の人がたくさんいた。


「やっぱ水着持ってこれば良かったかなあ」


 純子が残念そうに言う。


「そうだなあ、使さんの水着は見たかったな」


 徹がからかうように言う。


「それって私は問題外ってことですか?」


「そうだが?」


「むむむ」


「まあまあ、皆でスイカ割り、しようよ」


 優子が間に入って、仕切る。

 皆のお母さんといった感じである。


「スイカ設置、しました!」


 はじめが語るより早いだろうとスイカを少し盛った砂の上に置く。


「一番手は誰だー」


 徹が面白がるように言う。


「そりゃやっぱ功労者様でしょ」


 純子が尤もらしく言う。


「だそうだ、コトブキ。お前だな」


「えええ、僕?」


 使以外のメンバーは、期待を込めた目で僕を見ていた。

 これは、逃れられない。

 目隠しをして、地面に立てたバットに頭を当ててぐるぐると回る。


 寝不足なのもあって良い感じに平衡感覚が狂ってきた。


「コトブキ、右ー」


 徹が言うのでそちらに向かう。


「右じゃないよ、左!」


 優子が憤慨したように言う。


「良いから俺の言う通りにしとけ、四十五度右だ」


「でたらめだあ」


「コトブキ先輩、徹先輩の言うことが正しいですよ!」


 純子も言う。

 二人が言うならその方が正しいのか?


 従って、四十五度右へ前進する。


「そうそう、そのまま走って!」


 駆け出す。

 そして、僕は柔らかいなにかにぶつかって倒れた。

 目隠しを取る。

 至近距離に、優子の潤んだ目があった。


 僕は、優子を砂浜に押し倒していた。

 優子はしばらくぼんやりとしていたが、そのうち我に返ったように頬を赤く染め、僕を押しのけて立ち上がった。


「とーおーるー!」


「いっけね」


 二人は砂浜で追いかけっ子を始めた。

 そこに青春やロマンスなんて言葉の欠片もなかったが。


 あらかたイベントも終わり、スイカも三つ割れ、その成果をパラソルの下で食べる。

 使は食べているのだが無表情で、美味しいのか不味いのかわからない。


「使さぁ、知ってるか?」


 徹がにじりよっていく。いつの間にかさん付けもやめているのは流石というかなんというか。


「なんでしょう」


「スイカの種吐きそこねると、へそから芽が出るんだぜ?」


 こりゃまた古典的な……。


「本当ですか?」


 使の表情が変わった。

 得たりとばかりに徹は調子に乗る。


「マジよマジ。だから種は飲んじゃ駄目だぜ」


「芽が出た場合は外科手術などが方法に選ばれるのでしょうか?」


「そうだな。それが妥当な手段だな」


 徹が尤もらしく頷く。


「人間とはそんな危険を犯してまでスイカを食べているのですね……」


「んだんだ。スイカはなんとも罪深い」


「嘘ですからね、使さん」


 冷たい口調で優子が口を挟む。


「バラすなよー優子ー」


 使いが初めて人間らしい表情を見せた。

 それは、呆れたような、脱力したような表情だった。


「私、貴方のことは嫌いかもしれません」


「あちゃー。俺、使の初めて奪っちゃったかー」


「そういうとこですよ、そういうとこ」


「真面目に戦ってれば格好いいのになあ……」


 純子が勿体ない、とばかりに言う。

 それは僕も同意するところだと思う。


 優子が、僕の横に寄ってきた。


「ちょっと、いい?」


「ん、いいよ」


 しばし、沈黙が漂った。

 別れ話だろうか。

 そんなことを、冷静に思う。


「本当はね。コトブキが、別れ話を切り出してくると思ってた」


 そう、静かに、淡々とした口調で優子は言った。


「それじゃ、解決にならないからな。優子が言うならともかく、僕から言うなら優子は沈むし、徹はキレるし、僕達三人は空中分解だ」


「ふふ、コトブキも随分周りが見えるようになったね。そうだよ。私達はずっと三人一緒。例え子供ができなくても、私は貴方の側にいる道を選ぶ」


「けど、優子……」


 優子は、僕の唇に指を当てた。


「けど、はなしね」


 僕は呆気にとられて口を開け、そして遅れて納得して数度頷く。

 これからも僕と優子は恋人なのだ。

 そう思うと、心が温かくなるのを感じた。


「てかさ、水着も下着も大差なくね? 泳がね?」


「一人でいってらっしゃーい」


 ツッコミ待ちの徹が見事に純子にツッコミを入れられていた。

 こうして、校別対抗戦の慰労会は、賑やかに終わっていったのだった。



+++


「はい、もしもし、番田ですけど」


 バンチョーは見慣れぬ電話番号からの電話からに出ていた。

 時刻は夕方。もう一日の業務も終わる時間帯だ。


「もう仕事も終わるだろう? ゆっくり話ができないかな」


 初老の男性の声だ。


「ええですけど、あんたは一体誰ですかいのう」


「なに。歌世の師匠と言えばわかりやすいかな」


 バンチョーが次の台詞を吐き出すまで、十秒の時間を必要とした。




続く

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