全ての力
剣也。
師匠の師匠であり、初代ユニコーンのホルダー。
人類に初めてカードホールドをもたらした男。
MTの学校では現代史の授業で必ず習う男。
それが、ベンチに座って気だるげにコーヒーを飲んでいた。
教科書の写真よりは幾分か老けている。
彼は缶の中身を飲み干すと、空をゴミ箱に投げ捨てた。
そして、立ち上がる。
実技試験か。
そんな思いが、脳裏によぎる。
以前は、逆立ちしても勝てないような相手だった。
しかし、今ならば。
今ならば、いい勝負ができるのではないか、という目算がある。
「実技試験ですか?」
そう問うと、剣也は、ぼやくように語り始めた。
「歌世の奴は逝ってしもうたか」
「確証はありませんが、多分……」
「弟子が師匠より先立つことより不義理なことはない。そうは思わんかね」
「僕としても、師匠にはもっと師事していたかった」
この人も、僕と同じなのだ。そう感じて、僕は安堵した。
師匠の死を、未だ乗り越えきれていない。
剣也の目が、鋭く光った。
「その台詞、どこまで本音かの」
僕は、その台詞には流石に気を悪くした。
それではまるで、僕が師匠を嫌っていたかのようではないか。
「どういう意味ですか」
「お主は、自分の秘密をよく知っている歌世を、疎んじていたんではないか? 歌世しか知らないお主たちの秘密というのもあったのではないか?」
「そんな、その言いようでは、まるで――」
「そうじゃよ、疑っとる。お主が歌世を殺したんじゃないかと」
僕は絶句した。
どうしてそんな発想ができるのだろう。
僕の師匠への信頼と敬愛を知る者ならそんな考えは出てこないだろう。
しかし、知らぬ者ならばそう考えても仕方がないのだ。僕はそうと自分を納得させた。
「……どうすれば、納得していただけますか」
「まずは、ユニコーンのカードを起動してみろ。追加装備のコートとやらを見たい」
「わかりました」
僕はカードホールドにユニコーンのカードを挿す。
全身に白い産毛が生え、黒いコートが体を包む。頭に角が生え、それは次の瞬間右手に槍として握られていた。
「なんと禍々しい。魔物そのものじゃ」
剣也は嘆くように言う。
なにもしていないのに悪いことをしているようで僕は居心地が悪い。
僕がなにか悪いことをしたか? そう怒鳴り散らしたくなる。
「しかし、それだけではあるまい。その力。もう一段階奥があると見た」
僕はどきりとした。
スキル欄に新たに増えたアイコン。けして触れたことがなかったそのアイコン。
そのアイコンの存在を、この老人は見通した。
「何故、わかります」
「気配じゃよ」
何事もないかのように老人は言う。
「その気配にはもう一段階上のなにかが隠されている。儂の経験がそう告げておる。経験からくる警戒心とでも言うものか、あるいは」
そこまで言って、老人は夜空に視線を向けた。
「それを身につける領域まで行っておれば、歌世も死なずに済んだのかもしれんの」
そう言って、深々とため息を吐く。
そして、射竦めるかのように僕を見た。
僕は一つ身震いし、自分を奮い立たせた。
「わかりました。お見せしましょう。僕の、秘密の力を」
今まで触れぬようにしていたスキルアイコンを、軽く押す。
触れた先から指が闇に侵食されていくような気すらした。
次の瞬間、僕の両腕には大鎌が握られていた。
老人は目を見開く。
「なんと禍々しい。そしてなんという威圧感。お主等はジエンドという魔物の威圧感を目の当たりにしてそれだけで逃げたと言うが、今のお主もそれに近い領域にあるだろう」
老人は感心したように言う。
そして、興味を失ったように座り込んだ。
「すまなんだの。もう、消して良いぞ。全部」
「はい?」
唐突すぎて、僕は戸惑うしかない。
「歌世を殺したのはお主ではない。そうと確信できたのじゃよ」
そう、老人はため息まじりに言った。
言われるがままに、鎌もコートも消す。そして、ユニコーンのカードをカードホールドから抜いた。
そして、老人の傍に歩み寄った。
「その力を使えば、歌世をも殺せたじゃろう。しかし、それだけの魔の波動を放っておいて、気づかぬ者がおるわけがない。お主は犯人ではない。当然の帰結じゃ」
「納得していただけたならありがたいです」
「思うに、歌世は暗殺されるだけのなにかに関わってしまったのじゃろう。お主の側にいればその答えも見えてくるかもしれん」
「つまり……その、この先、どうなるんで?」
僕のナンバース入団試験のはずなのにおかしな話になってきた。
老人はつまらなさげにそっぽを抜いた。
「お主の実力はビデオで見た。ナンバースの一員としては十分じゃ。そして直属の上司として儂がお主の上に立つ。儂とお主で、歌世の死の真相を暴くのじゃ」
僕は覚悟を新たにした。
ジエンドとの実力差はかなり埋まったが、まだ退治しきれたわけではない。
師匠の死の真相は謎のままだ。
それを、剣也と追っていくならば、それもいいのかもしれない。
僕の、新たな指針が決まった瞬間だった。
続く




