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学校祭を優子と 後編

 大丈夫だ。なんとかできるはずだ。

 あの時のように、師匠の気配を周囲の異界から辿ろうとする。


「させないよ、ユニコーンのホルダー」


 トウジの手の先から空間の断裂が放たれた。

 槍で防ごうとした瞬間、後方へと吹き飛ばされた。


 尻餅をついて、上半身を起こす。


「まさか俺と同じレベルで異界を操れる人間がいるとは思いもしなかった。だからこそ俺は君を勧誘しよう。アークスへ」


「勧誘……? 仲間になれって言うのか?」


「そうだ。異界を私利私欲の為に使うナンバースなんかよりよっぽど良心的な組織だよ」


「ナンバース?」


「歌世達の組織の名さ」


 僕は黙り込む。

 正直、アークスのことも、ナンバースのことも僕は何も知らない。


 ただ、師匠が私利私欲の為に戦っているなんてことは信じられない。

 僕は立ち上がり、武器を構えた。


「抗うか、ユニコーンのホルダー」


「ああ。お前の手から必ず師匠を救い出してみせる」


「それなら、こちらも余興を用意しよう」


 そう言ってトウジは笑って、指を鳴らした。

 その瞬間、トウジの隣には恵が立っていた。


「恵さん……?」


「コトブキ君……」


 恵は僕から視線を逸した。


「更に人質か。卑怯だぞ、トウジ!」


「察しの悪いガキだな」


 トウジは嘲笑する。


「いけ、恵。あいつに現実を叩きつけてやれ」


 恵は暫く俯いていたが、そのうち右腕に巻いたカードホールドのスロットにカードを入れた。

 次の瞬間、恵は緑色の髪になり、耳がとんがっている。

 エルフのカード。

 師匠のカードだ。


「なっ……」


 恵は意を決したように僕を睨むと、唱えた。


「アクセル!」


 恵の足が輝く。

 次の瞬間、恵の体は僕の眼前にあった。

 鋭い拳の突きを槍の柄で防ぐ。

 スピードの乗った一撃はそれだけで僕を仰け反らせるには十分だった。


 追撃の膝蹴り。

 僕は後方に飛んでかろうじて回避する。


 そして、体勢を立て直して地面を蹴った。

 恵の側面へと移動する。


「恵さん、やめろ! なんであいつの味方をするんだ」


「元々恵はアークスだからだよ」


 トウジの言葉に、僕は唖然とした。

 その隙に、恵に背後を取られる。


 前方に跳躍して距離を取る。

 その次の瞬間、灼熱の炎が僕を襲った。


「ゼロストーム!」


 槍を回転させて炎を吹き飛ばす。


「恵さんが、アークスだって……?」


 恵は攻撃の手を止めた。

 そして、申し訳無さげに視線を逸らす。


「おかしいとは思わなかったのか? 偶然に出会って、偶然に同じクラスになって、偶然に同じ部になる。そんな奇跡は有り得ない。全ては仕組まれたことだったんだよ」


「トウジ……お前……!」


 僕は怒りで血管が切れるかと思った。


「全部は作り物だったのか? 恵さんに僕が抱いた親近感も、友情も!」


「ごめん、コトブキ君。逆らえないんだ。上司の命令には」


 上司。唖然とした。

 恵は自らがアークスの一員だと、言葉にしていた。


「さあ、殺し合え。親しい者同士。それが嫌なら、俺達の仲間になるんだな」


「やめろよ、恵さん! あんた言ってたじゃないか! 普通の子になれたみたいで嬉しいって」


「そうだね、夢みたいな一ヶ月だった。普通に学校へ行って普通に友達と遊んで普通に部活に勤しむ。けど」


 恵は切なげに笑った。目に涙を浮かべて。


「全ては夢だった。だから私は、君の敵になる。アクセル、ツー」


 恵の足が更に輝く。

 炎の塊を投じながら、恵は接近してきた。


 本気だ。

 やらなければやられる。

 トウジは楽しげにそれを見守っている。

 こんなに楽しい余興はないとばかりに。


 恵は回し蹴りを放った。

 それを僕は槍で受け止める。

 腹に肘を入れれば倒せる。

 けど、それができない。


 恵を攻撃することを、心が拒否している。


「やめろ、恵さん! 一緒にトウジを倒そう! 日情に帰ろう! 細かいことなら師匠がなんとかしてくれる!」


「アクセル――スリー!」


 速い。

 炎の塊の着弾と同時に、恵の突きが僕の腹にめり込む。

 僕は胃液を吐いて、後方へと吹き飛ばされた。


「バイバイ、コトブキ君。君のことは忘れない」


 そう言って、恵は僕に向かって手を開いた。

 炎の弾が放たれる。それは地面に着弾して、大きな穴を開けた。


 恵は暫く黙り込んでいたが、その場に崩れ落ちた。


「馬鹿! 後ろだ!」


 トウジが叫ぶ。

 恵が慌てて振り向くと、僕はその鳩尾に肘打ちを放った。

 恵は失神し、その場に崩れ落ちる。


「ユニコーンの……ホルダー……!」


 トウジは憎々しげに僕を睨みつける。

 きっと僕も今、似たような表情をしていることだろう。


「観客席はどうだった? さぞ良い気分だっただろうな」


 そう言って、僕はトウジに槍を向ける。


「俺を殺せばこの異界は消える。そうすれば歌世をサーチすることもできなくなるぞ」


「半殺しで勘弁してやるよ」


「歌世がどうなってもいいのか?」


「人質は生きてて初めて価値がある」


 僕の言葉に、トウジは息を呑んだ。


「お前を倒して師匠を助ける。後はお前と人質交換でもなんでもすればいい」


「ふふ、これは舐められたものだ」


 トウジの顔に嘲笑が浮かぶ。


「小賢しいガキが、俺を倒すだと? プロの腕というものを見せてやるよ」


「じゃあ、見せてもらおうかよ」


 僕は地面を蹴っていた。

 景色が勢い良く後方へと流れていく。


 そして僕は、トウジの背後を取っていた。

 槍の柄をトウジの背骨に叩きつけようとする。


 空間の断裂でそれは弾かれた。


「今日の俺に油断はないぞ。ユニコーンのホルダー」


 そう言ってトウジは僕の頭を掴もうとする。

 弾かれたように駆け始める。

 トウジの横を、背後を、視界の外へ行けるように取っていく。


 しかし、攻撃が全て弾かれるなら、全ては無意味だ。


 だが、空間の断裂がトウジの奥の手ならば。

 僕には、崩す手があるはずだ。


 そう、あの時トウジの作った異界を閉じたように。

 空間の断裂も閉じればいい。


「投華螺旋突き!」


 トウジの空間の断裂は消され、槍が腹部に突き刺さる。

 トウジは信じられない、という表情で、その場に崩れ落ちた。


「まさか、俺を超える空間使いがあろうとは……貴様、普通の人間ではないな」


「ただの学生だよ」


 そう言って、トウジの頭を踏みつける。

 槍を地面につけ、師匠の気配を探る。


(師匠。聞こえますか、師匠。無事なら返事をしてください)


 永遠に思える十数秒が過ぎた。


(師匠……!)


(聞こえてるよ、コトブキ君。悪い、しくじった)


(大丈夫です。今、助けます)


 槍の穂先が光を放ち始める。

 僕は師匠のいる異界と、この異界を混ぜた。

 上空から師匠は落ちてくる。

 それを、抱きかかえた。


 軽い。

 随分と痩せた気がする。

 普通の食事もさせてはもらえなかったのだろう。


 悔しげにしていたトウジが、笑みを浮かべた。


「このタイミングを待っていた」


 空間の断裂が師匠に向かって走る。

 無防備な僕の手と師匠は真っ二つになる……というのがトウジの目算だっただろう。


 しかし、僕は既にその場の空間を歪めていた。

 空間の歪みに空間の断裂は吸い込まれていく。

 そして、何事もなかったように消えた。


「お前みたいな悪趣味な奴の考えることなんてお見通しだ」


 僕の言葉に、トウジは表情を歪める。

 師匠は地面に降りると、トウジの腹から槍を引き抜いた。


「コトブキ君、目を閉じて」


 言われるがままに眼を閉じる。

 槍が頭蓋を砕く、鈍い音がした。

 そして師匠は、僕の体の向きを反転させた。


「迷惑をかけたね。もう目を開いていい」


 目を開く。倒れた恵が視界に入った。

 背後にはきっと、考えたくはないのだけれども、トウジの死体があるのだろう。


 師匠は僕の手に槍を握らせる。


「この異界は間もなく消えるだろう。元々の場所はどこだい?」


「僕の学校です。学校祭の真っ只中で」


「それは邪魔しちゃったね。あこで倒れてる子は私が保護するよ。危害は加えないと約束する」


 恵。

 いつしか親友だと思っていた少女。

 その思いは一方通行だったのだろうか。


 いや、たとえ作られた出会いだとしても、彼女は葛藤していた。

 その姿を信じようと思った。


「じゃあ、夜の公園で会おう」


 師匠はトウジから奪ったのだろうカードホールドを右腕に巻くと、恵のカードホールドからエルフのカードを回収した。


「またね、コトブキ君。君は、強くなった」


 そう言って、師匠は切なげに微笑んだ。

 自分の失態への後ろめたさや、弟子が自分が倒せなかった敵を倒したという複雑な気持ちが入り混じった笑みだった。


「コトブキ!」


 背後から怒鳴られて、僕は驚いた。

 周囲はいつの間にか、元の学校祭に戻っている。

 振り向くと、優子がいた。


「あー、悪い。ちょっと入り組んだ事情があってだな」


「もうマイムマイムも終わっちゃったよ。なにしてたのさ」


 周囲を見ると、既に暗くなっている。師匠の異界が時間の流れが違うと思っていたが、それがこんな効果を産んだのだろうか。


「いや、すまん。本当入り組んだ用事があって」


「……まあ、コトブキがそう言うなら本当にそうなんだろうけどさ。よく見たら制服焦げてるじゃない。大丈夫?」


「ちょっと火傷してる」


「……戦ってきたの?」


 優子は、責めるように言う。

 僕が答えられずにいると、優子はため息を吐いて、僕の右腕に自分の手を添えた。

 その表情が硬化する。


「酷い傷。肉まで焼けてるじゃない」


 通りでさっきから頭痛がすると思った。


「ヒール」


 優子が唱えると、傷はみるみるうちに閉じていった。

 苦笑する。

 この幼馴染は幼馴染で天才なのだ。


「なあ、踊ろうか」


「もうマイムマイムは終わったって」


「いいじゃないか。せっかく練習したんだし、二人で踊ろう」


 そう言って、僕は優子に手を差し伸べる。

 優子はしばらく不満げにしていたが、そのうち苦笑して、僕の手を取った。


 僕らは踊る。

 月明かりの下、誰も見ていない廊下で。

 学校祭の夜は、こうして更けていった。



続く

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