学校祭を恵と
部室の前の受付で僕と恵は並んで座った。
「恵さん、学校祭見に行ってもいいよ?」
そう僕は問う。
傍にあるディスプレイでは僕達の戦闘のPVが流れている。
さっき僕に殺到してきた人々はこれを見たのだろう。
中の部室ではドキュメンタリー形式の映像が流れているはずだ。
恵は苦笑した。
「いいですよ。一人でぶらぶらしてるよりかはコトブキ君と客の相手をしてる方が楽しそうだ」
「一人ってこともないだろ。恵さんは人気者だ」
僕と違って、と心の中で付け加える。
友達は、増えた。学校全体でも好意的な目で見られるようになった。けど、根っこが陰キャな僕は陽キャのように要領良く友達を増やせないのだ。
「いいんですよ。それとも迷惑かな? 優子さんに誤解される?」
僕は慌てて返事をする。
「そんなことないよ。恵さんがいいならいいんだ」
「良かった。肯定されてたらどうしようかと思いましたよ」
そう言って恵は屈託なく笑う。
可愛いな、と思う。
絵に描いたように可愛いとはこういうことを言うのだろう。
客が来た。
「入場券とパンフレットください」
恵が素早く対応する。
僕が慌てて動こうとした時にはもうチケットとパンフレットを手に取っていた。
「はい、千円になります」
料金を受け取って商品を渡す。
「ありがとう」
客は中に入っていった。
「パンフレットください」
中から出てきた客が言う。
「五百円になります」
客は財布から札を抜き出そうとし、その時には既に恵は五百円を手にしている。
札と硬貨の交換が終わった。
「ありがとうございましたー」
恵は微笑んで言った。
客は照れ臭そうに、その場を去る。
「敵わないなあ。僕はあわあわしてる間に全部終わってるんだもん」
「ふふ、役に立つでしょ」
「要領良い人ってそうだよな。なんでもテキパキとやるんだ」
恵と僕の歩んできた道は似ている。
けど、出来上がったものはまるで違っている。
主人公属性の恵。脇役気質の僕。
比べると少々気恥ずかしいと同時に、こんな人が同じ部にいるんだと自慢したくなる。
「煽てても何も出ませんよ」
「いや、僕は誇らしいよ。こんな人が同じ部にいるんだって」
「それなら私だって。超速戦闘をこなすコトブキ君は皆の憧れですよ」
「力だけ強くってもなあ。師匠もそこまでは僕を矯正できなかった」
「そう? コトブキ君は明るくなったって優子ちゃんが言ってたけど」
「……恵さんは、昔の僕を知らないから」
カメレオンのホルダーとして長い舌をだらりと垂れて周囲から醜いと嘲笑されていた僕。
部のお荷物と言いふらされていた僕。
茨の学校生活を恵は知らない。
「私も前の学校じゃいじめられてたから」
予想外の言葉に、僕は目を丸くする。
「貧乏って辛いよね」
「けど、今の恵さんは人気者だよ。僕が保証する」
「なら、今のコトブキ君も明るくて素敵な青年です。私が保証する」
「明るくて、素敵……」
そんな言葉で褒められたのは、なんだか初めてだ。
気恥ずかしくなる。
「照れるな、なんか。恵さんは前向きだねえ」
「パンフレット一つください」
そう言って、教室の中から出てきた老婆が微笑む。
例のごとく恵が素早く対応した。
「ありがとうございます。楽しんでいただけましたか?」
「そりゃ、もう。しかしなんだね、そうしているとあんた達、夫婦みたいだね」
僕は頬が熱くなった。
ヒロインの恵にそんな台詞失礼過ぎる。
「あ、ありがとうございます。けど、私にそんな資格ないですよ」
「そうなのかい? どうにでもなるもんだよ、結婚なんて。ほっほっほ」
そう言って老婆はパンフレットを手にとって去っていった。
「夫婦みたいだね、だってさ」
恵は楽しげに言う。それが少し照れくさげなのは気のせいだろうか。
「恵さんに失礼だなあ」
僕は率直な感想を言う。
「コトブキ君にこそ失礼だ。私にそんな資格なんて、ないよ」
「資格ってなにさ」
「うーん、そうですねえ」
恵は考え込む。
「君は前途有望なユニコーンのホルダーじゃない。探索員もホルダー競技も君を引っ張りだこにするはずです。君はどんどん遠くの人になる。私みたいな凡人はそれを遠くから眺めることしかできない」
「そんなこと、ないさ」
薔薇色の人生を想像されて、少し気恥ずかしくなる。
「僕は性格に難ありだから、どっかでいじめられたりするんじゃないかな」
「そこまで悲観しなくても。今実際いじめられてないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「それにね、いじめられてても堂々と登校してる人って、心に強い根っこを持ってると思うんです。周囲が敵でも自分を保てるってことだからね。そういう意味じゃ私はコトブキ君を尊敬しちゃうな」
「……なんか恵さんと話してたら、僕が凄い人みたいだ」
「優子さんも言ってた。自分に自信がないのがコトブキ君の唯一の欠点だって」
そう言って、恵は微笑んで僕の手を取って握りしめた。
「自信を持ちなさい、ユニコーンのカードが泣くよ。これから起こる試練に耐える為にも」
「試練……?」
「人生は試練の連続ですよ」
「それも、そうか」
自分に自信を持つ。それが重要なことを僕も知っている。
けど、陽キャになった自分というのも些か想像し辛い。
僕はただ、必死に駆けていただけだ。
それも、徹と揉めた時は登校拒否を起こしたりと転んだりしながら。
その結果、幾つかの人が助かって、幾つかの出会いへと繋がった。
「いつも必死に駆けている感があるよ。僕は駄目な人間だから、駆けてないと結果がついてこないんだな」
「その成果が今でしょ? いらっしゃいませー」
いつの間にか客が目の前に立っていた。
恵が対応して、中に通す。
そうか、自分は成果を出したのか。
そう思うと、少し自信が湧いてくる気がした。
「恵さんは前向きだな。こっちまで明るくなりそうだ」
「一年にして部長でユニコーンのカードを使いこなすホルダーなんだ。もっと誇りなさい」
中から出てきた客が熱っぽく僕に近寄った。
「ユニコーンのホルダーさんは今何処に?」
どうやら僕の変装は見破られていないようだ。
恵は微笑んで答える。
「学内を散策中だと思います」
「サインがほしいんだよな。あれは絶対将来有名人になる」
「見かけたら声をかけておきますよ」
「頼むよ」
そう言って客は去っていった。
「だってさ」
「……僕はそんな価値がある人間かなあ」
どこか他人事のように思える。
「その反応の方がコトブキ君らしいのかもしれないね」
恵は滑稽そうに笑った。
「自信満々で取り巻きを連れてるコトブキ君なんて想像もできないしなあ」
「そこまで行くともう別人だよ」
「けど私は、今のコトブキ君でも十分好きですよ」
頬が熱くなる。
「僕を煽ててどうすんのさ。恵さんこそ告白されたりしないの?」
「うーん、下心ありそうな友達は結構いるなあ」
「転校して一ヶ月も経たないうちにそれは凄い話だよ」
流石は主人公気質なだけはある。
「けど、私にそんな資格はないんだ。これが」
「さっきから言ってる資格って、何?」
「ん、内緒」
ミステリアス恵。
過去になにがあったのだろう。
掘り返して診たい気もしたが、人の心に土足で入り込むような行為は躊躇われた。
「今、質問しようとして躊躇したでしょ」
「うん」
見透かされている。
誤魔化せないな、と思った。
「そういうとこが私のコトブキ君の好きポイントだな。優子ちゃんがいなかったら盗ってますよ」
「あんま煽てすぎないでくれ」
「本音です。知れば知るほど君を好きになる。遠慮深いところも、自分に自信がないところも。どうにかしてあげたいって思っちゃう」
僕は絶句した。
好きになる?
脇役の僕を、主人公気質の恵が?
「出会い方が違えば、そんな未来もあり得たのかもね。私も君の幼馴染になりたかった」
今からでも遅くはない。そんな言葉が喉に引っかかる。
馬鹿な、社交辞令に本気になってどうする。
それに、僕は優子が好きなのだ。報われない恋だと知っても。
「……あんま煽てすぎないでよ。木に登りそうになる」
「じゃあ君は豚なの?」
「どっちかって言うとトカゲかな」
「いいじゃない、トカゲ。可愛くて私は好きだよ」
「だからー、その好き好き言うの禁止。僕だって年頃の男なんだよ。君の弟とかじゃなくてさ」
「ふふ、それもそうですね。いじめ過ぎちゃったかな」
恵が僕の手を掴んだ手に力を込める。
「けど、忘れないで。私は君を尊敬しているって」
「……皆して僕を買いかぶりすぎてるんだよ」
優子も、先輩も、恵も。
この三人は、カメレオンの僕でも対等に付き合ってくれただろうと確信できる。
ただ、その価値が自分にあるかと問われると、答えはノーにしかならない。
「やっぱり、優子さんじゃなきゃ君を硬い殻から救い出せないみたいですね」
恵は苦笑交じりに言う。
「優子とはこういう話しないから。色々普段吐き出せない弱音とかが出て、恵さんは凄いなってなる」
「弱音多いに結構。ウェルカムだよ。そういう相手も必要だ」
師匠と話すと気が楽になった。
恵相手にも似た感情を懐きつつある。
それは依存なのかなんなのか僕にはわからない。
「ね。私達がさっきのおばあちゃんが言うような夫婦になったらどうなるかな」
恵はありもしない未来の話を語り始めた。
お遊びだ、付き合おう。
「そうだなあ。僕は多分忙しくて夜遅く帰ると思う」
「私は料理を作って風呂炊いて待ってるかな。私も就職するだろうけどコトブキ君ほど忙しくはならないだろうから」
「帰ったら温かい料理が用意されてるのか、天国だな。そ、それに……」
散々煽てられたんだから煽て返してやれ、と思う。
「美人のお嫁さんも」
「ふふ、ありがとう」
恵は軽く躱した。
「私は腹を空かせて待ってるだろうから、食事は一緒に取る。食べ過ぎだと君は苦言を呈する」
「テレビがバックグラウンドミュージックになってる。一日のニュースを見ながら一緒に語る。酷い事件だね、とか、そっか今日はそんな日か、とか、他愛ない会話が弾む」
「夜は一緒に並んで寝る。君は仕事の愚痴を言い、私はそれを一言一句拾い上げる」
「……理想の生活、だな」
それに手が届くなら、僕は優子を忘れるかもしれないと思った。
けど、恵は自分に資格はないと言い、僕もそれに似たようなことを思う。
繋がっているような二人の道は、根からすれ違っている。
「似た者同士だから望む理想もだいたい似通っているよね」
恵は苦笑交じりに言う。
「……私と逃げる?」
恵は、急に真剣な顔になって言った。
「逃げるって、何処へ?」
「コネはあるんだ」
それは、自分を人生の底から救ってくれたという相手だろうか。
恵はしばらく、真剣な目で僕を見ていた。
僕の脳裏に映ったのは、優子の悲しげな表情だった。
恵はふっとっ苦笑した。
「冗談ですよ。ごっこだ、ごっこ」
「けど、魅力的なごっこだった。自分そんな幸せになっていいんかーって感じの」
「でしょ? 私も中々捨てたもんじゃないですね」
「極上だよ」
アラームが鳴った。交代の時間だ。
次の当番の緑は中々やってこない。
「ズボラな奴だなあ。どうせ笹丸と食い歩きでもしてるんだろうけど」
「行きなよ、コトブキ君。約束、あるでしょ?」
そう言って、恵は僕の手を離す。
「いい時間だった。コトブキ君とはこれからも仲良くしたいなあ。そんなこと思ってちゃ、優子さんに迷惑だろうけど」
「優子は僕のこと、そんな風に思ってないさ」
「自分に自信を持つ!」
そう言って、恵は力こぶを作る。
「これ、コトブキ君のスローガンにしよう」
恵との出会いは嬉しい出会いだった。
恵は師匠のいないこの一ヶ月で、僕の一番の理解者になってくれたから。
「ありがとう。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、旦那様」
そう言うと、恵は僕を抱きしめた。
「恵さん?」
さっきのごっこは本音だったのだろうか。そんな思いが胸に湧く。
僕達は元いじめられっこの似た者同士だ。
だからだろうか。共依存してしまう。
それでは駄目だとわかっているのに。
「冗談だよ、行ってらっしゃい、コトブキ君」
そう言って微笑むと、恵は僕を離して、大きく手を振った。
僕は何度も振り返り、その姿を眺めつつも歩いていった。
客が来て、その動きが止まる。
相変わらずの要領の良さで、恵は対応する。
大丈夫だ。
恵はやっていける。
自分はなにを心配しているのだろうと思ったが、そう感じた。
続く




