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学校祭を先輩と

「コトブキー、行くよー」


 階下から優子の声がする。

 僕は着替えは終わっていたので通学鞄を持つと玄関へ向かった。

 優子はいつも通りの穏やかな笑顔で僕を迎えてくれる。


「私の当番が十時まででコトブキの当番が昼までだから一緒に回るのは午後だね」


「そうだな。まあ十分回れるだろ」


「だねえ。お腹は空かせておいてね」


「弁当、作ってきたのか?」


「じゃじゃーん」


 そう言って優子は紙切れを十枚ほど取り出してみせた。

 食券だ。


「準備万端だなあ」


 僕はその用意周到さに思わず苦笑する。


「せっかくのお祭りだもん。楽しまなきゃ損じゃん」


 僕はなんだか照れくさくなる。これでは恋人みたいだ。

 けど、勘違いしてはならない。優子には徹がいる。

 徹がいなくて寂しい分、彼女は僕に依存しているのかもしれないと思う。


 いつかは分かたれる僕らの道。

 一緒の今こそ楽しまなければ損だ。


「行こうか」


 僕は靴を履いて歩き始める。


「うん、行こう」


 しばらく歩くと、恵が分かれ道で待っていた。


「おはよう、コトブキ君、優子ちゃん」


「おはよう、恵。いい天気だからお客さん一杯来そうだねえ」


 初日のギクシャクはどこへやら。優子と恵は仲良くなっている。

 女子というのは不思議な生き物だと思う。


「ウケると思うよー、うちの部の映像。なんたって古代種に聖獣と上位ホルダーの戦闘シーンだもの」


「私ら僧侶組はやることがなくて暇だったけどね」


「私はコトブキ君の動きをカメラで追うのに泣き泣きだったよ」


「悪かったよ」


 恵は苦笑する。


「いいんだよ。全力を出さないと良い映像にならないじゃない」


「編集も良かったよ。良い出し物になればいいな」


「そうだね。私達の部の第一歩だ」


 優子は言うと、立ち話を中断して、前を歩き始める。

 恵がその後を追い、僕は最後尾を歩き始める。


 途中で笹丸と緑と合流した。

 これで部の一年組は集合だ。


「今日は部室に直行すればいいんだっけ?」


 と笹丸。


「ホームルームとかはないんじゃなかったかな」


 と緑。


「面倒臭いなあ当番」


「やる気だしなよ。私達の部の第一歩だ」


「第一歩かぁ。なんか部できてからあっという間だな」


「俺の忍術はウケるかなあ」


「ウケるウケる。分身の術なんてわかりやすく格好良いもん」


 先頭を歩く優子が楽しげに言う。


「そう言われるとやる気が出てきたな」


 緑はなんとも単純だ。


「いい一日にしようぜ」


 笹丸が言う。

 その意見には同感だ。


「そうだな。いい一日になればいい」


 僕は心の底からそう思う。

 僕らは昇降口で履き替えすると、部室に移動した。

 番長と先輩が既に待っていた。


「当番の順番は紙にして渡したから覚えてるよね」


 先輩が言う。

 各々、頷く。


「じゃあ、ハメを外さない程度に楽しみましょ。まずは最初の当番の人に任せるけど、皆は部室にいてもいいし、外に出ててもいいわ」


「了解です」


 最初の当番、優子が言う。


「じゃ、解散ということで」


 僕が言うと、皆、思い思いの方向へ散っていった。

 僕も優子と回る場所を下見するために廊下を出て歩き始める。

 途中、力也と遭遇した。

 机の上に本の山を作って、販売している。

 魔物図鑑五百円、という札がかかっている。


「おう、コトブキ。部活上手くいってるらしいな」


「おかげさまで。そちらは?」


「うーん。新入部員が頼りなくてな。まあお前ら三人と比べればどうも見劣りする」


 あれだけ散々邪険にしておいて勝手なことを言うものである。


「売れるよう祈ってるよ」


「ありがとな。お前もいい学校祭を」


 僕は力也と別れると、再び歩き始めた。

 学校の中には既に学外の人々が活動し始めていた。

 保護者、学生、私服や他校の制服で普段は統一性のある学校がカラフルな色彩に彩られている。

 プロの探索員らしき人もいる。


 スカウトとして下見しているのだろうか。

 そう思うと、少し気が引き締まる思いになる。


 教室棟に移ると、途端に料理の良い臭いが漂い始める。

 食堂にクレープ屋にフランクフルト屋にと、生徒の出し物が一杯だ。

 うちの部は部員が少ないので特別にクラスの出し物は免除してもらっているが、こういうのも楽しそうだ。


「あ、ユニコーンのホルダーだ!」


 子供が大きな声で言う。

 途端に、人々が集まってきた。


「凄いな、あんた。凄いスピードだった」


「映像見たよ。凄かった」


「ねえ、一緒に写メ撮ろうよ」


「私も私も~」


「ホルダー競技に興味はあるかい?」


 途端に周囲の人々が集まってくる。

 一気に揉みくちゃ状態になった。


 まるで人気者だ。

 僕はどうしたものかとオロオロすることしかできない。


「コトブキ君、こっち」


 そう言って、低い位置から手を引かれた。

 柔らかくて滑らかな手だ。

 それに合わせて、しゃがんで人混みを抜ける。その後は駆け足だ。

 手は手際よく僕を導いてくれた。


 曲がり角を曲がったところで、手が離される。


「有名人は辛いね」


 そう言ってニヤニヤ笑っているのは先輩だ。


「先輩、助かりました。下見するはずが酷い目にあった」


「ちょっと私に任せなよ」


 そう言って、先輩は僕の頭に何かを乗せて、サングラスをかけさせる。

 ウィッグだ。


「こういうことになるかと思って用意しておいたんだ」


「用意周到ですねえ」


「お礼はちょっと付き合ってくれればいいよ」


「いいですよ。どうせ暇ですし」


「優子ちゃん待ちか」


 先輩はいたずらっ子のように笑う。

 照れながらも、答える。


「まあそんなところです」


「じゃあ何処行く? 体育館はもうすぐ演劇部の公演だろうけど」


「ホルダーの演劇ってのも楽しそうですね」


「後二年の教室でタピオカジュース売ってる」


「タピオカジュース買って体育館っすかね」


「いいね。それでいこう」


 先輩はそう言うと、僕の隣に回った。

 意図を察して二人で歩き始める。

 なんだか変な感じだ。いつもと同じ校舎なのに、歩く人々は皆祭りムードだ。

 学校全体が浮足立っているような、そんな錯覚に陥る。


「やっぱ背高いね、コトブキ君」


「そうですか?」


「どうしても見上げる形になるもん」


「先輩は背低いですもんね」


「背の低い女子は嫌いかい?」


「可愛らしくていいんじゃないでしょうか」


 先輩は一瞬黙り込む。

 そして、ガハハと豪快に笑うと僕の背を叩いた。


「そう言う率直なところ、君らしくていいなあ」


 なにか変なことを言ってしまっただろうか。


「率直、ですか?」


「気をつけなよ。今の君は有名人だ。そういうことを言うと相手を勘違いさせる」


「ああ、成る程」


 迂闊なことは言えないものだ。


「けど、先輩は勘違いしたりはしませんよね」


「そうだな。しないよ」


 そう言った先輩は心なしか、少し寂しげな目をしていた。

 気のせいだろうか。

 先輩が傷ついた? 僕の言葉で?


「よし、たぴるぞ~」


 そう言って両手を伸ばした先輩の目には、いつもの輝きがあった。

 僕はそれに安堵する。


 タピオカジュースを買うと、僕らは体育館に向かった。

 体育館にはござが敷いてあり、座れるようになっている。

 既に人が一杯座っている。カメラを回している者もいる。


 僕と先輩が並んで座ると、丁度演劇が始まるところだった。

 中世ヨーロッパを舞台にした、三角関係を描く物語だった。

 演出などに魔法が使われているのが一般の学校と違ったところだ。


 先輩は熱心にその様子を眺めていた。

 その横顔を見る。

 綺麗だ、と思った。

 子供のように夢中になっている先輩は、綺麗だ。


 いつも感じさせる影がない。

 ただ一心に、演技とストーリーに夢中になっている。


 僕は視線を落として、タピオカジュースを一口飲んだ。

 こんな綺麗な人と一緒に行動しているなんて、脇役の人生にも不思議な一瞬があるものだと思う。


 一時間で劇は終わった。


「楽しかったね」


 先輩はそう言って僕に同意を求める。

 本当は、先輩が気になって舞台に集中できなかった。


「そうですね。主人公とライバルどっちも魅力があって」


「ヒロインがその間で揺れてるのもまたいい味出してるんだなあ」


「演出も凄かったっすねえ」


「魔術師のホルダーって意外と潰し効くからなあ」


 スカウトがかかるのを祈ってか、舞台では演劇部員一人一人が自己紹介している。


「次は吹奏楽部だけど、見てくかい?」


「見たいけど、そろそろ当番の交代があったので」


「そういやそっか」


 先輩は苦笑交じりに言う。


「自分で組んだスケジュール表なのに忘れてたよ。残念だ」


「また機会があれば一緒に見ましょう」


 先輩はしばらく考え込んでいたが、そのうち意を決したように口を開いた。


「今度は映画でも行くかい?」


「え?」


「いや。せっかくの映画だし感想言い合える相手がほしいのさ。私友達すくねーからさ」


 なんだ、そんなことか。


「いいっすよ。また行きましょう。部の皆で行っても楽しそうですね」


 先輩は苦笑する。


「そうだね。けど私は多人数が苦手だから、まずはペアからだ」


「わかりました。ウィッグとサングラス、借りてきます」


「うん。精々正体がバレないように過ごすんだね。ジュースの空は私が片付けておくよ」


 そう言って、先輩は僕の手から空のコップを取った。


「ありがとうございます。行ってきます」


「うん、また。先輩との約束だぞ~」


 幸せそうに微笑んで言う。

 どきりとした。

 僕のような人間でも先輩を幸せに出来るならば、それは素晴らしいことだと思う。


 ちょっとぼんやりとしながら部室へ向かう。

 少し熱に浮かされたような心持ちがあった。

 考えてみれば今のはデートではなかろうか。


 先輩にそんな気はないのだろうけれど。


「いかんな、いかん」


 学校全体の浮かれムードに自分まで乗せられている。

 冷静になれと思う。

 あんな綺麗な相手がフリーなはずもないし、自分は後輩としか見られていないはずだ。


(よし!)


 そう心の中で呟いて歩き始めると、秋の冷気がちょうど良く頭を冷やしてくれた。

 部室に辿り着くと、待っていたのは恵だった。


「恵さん?」


「はいな」


「当番だっけ?」


「いえ。笹丸君が暇そうにしてたので変わってあげたんですよ」


「そっか」


 恵と二人きりか。

 聞きたいことが色々あるので丁度良いかもしれなかった。



続く

次回、学校祭を恵と

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