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聖獣のホルダー

 帰り道、優子と歩く。

 夏なので六時でも明るい。

 優子は優しい。僕のカメレオン状態の姿を見た人間は大抵は嫌悪感を示す。

 けど、優子はそんなことはない。


「修也も力也も玲子さんも酷いよね。コトブキがいないとチームが成り立たないのに」


 優子は苦笑交じりに言う。


「仕方ないよ。僕だってカメレオン状態の自分が嫌いだ」


「けど、人の役に立ってる。コトブキはもうちょっと自信を持っていいよ」


「そうかな」


「そうだよ」


「けど、僕は徹みたいにはなれないよ。喋るの苦手だし」


「そうだね。それは改善しないといけないけど」


 優子は優しく微笑む。

 どきりとした。

 駄目だ。優子に似合うのは徹だ。


「昔、徹とコトブキで誰が私と結婚するか争ったことあったよね」


 優子は滑稽そうに言う。


「優子には徹がお似合いだよ」


 優子は立ち止まった。

 そして、暫しの沈黙の後、口を開いた。


「コトブキはもうその気はないの?」


 真面目な表情だった。

 なにを考えてそんな表情になったのだろう。

 僕は困惑と焦りを同時に覚えた。

 この返答によって何か重大なことが決まるような気がしたからだ。


「それは、その……」


 沈黙が場を支配した。

 焦燥はどんどん増していく。

 僕だって。

 僕だって本当は優子が好きだ。


 けど、僕なんかが優子と恋人になれるはずがない。

 不意に優子は微笑んだ。


「冗談だよ」


「僕は、いつまでも三人でいられたらって思う」


「そうだね。けど、それは無理なんだよ」


 そう言って、優子は手を後ろに組んで前を歩き始めた。

 優子は何を考えているのだろう。

 僕にはわからなかった。


 家に帰って、カードホールドを鞄から取り出す。

 そして、サブカードを一枚取り出す。

 ほのかに光り輝くサブカード。それに手を触れると、光り輝く文字が浮かび上がる。


 それを僕は手でなぞった。

 これで、このサブカードは完成だ。


 満足感が心を満たす。

 欲しいスキルはあらかた取った。

 その中でも僕が一番欲しかったのは素早さを上げるスキル。


 それは、今回の戦闘でカンストした。

 思わず、表情がほころぶ。

 このカードを使う日はきっと来ないだろう。


 けど、それでも良かった。

 主人公は徹でいい。

 僕は彼の後についていけばいいのだから。


 その日、僕は夢の中で優子と歩いていた。

 優子の手を握って歩く。

 優子は微笑んでいた。



+++



 翌日、僕らはMTの部室に集まることになった。

 出発前のミーティングだ。

 優子と徹は同じクラスなので先に行っている。


 僕は少し遅れて教室を出た。


「あれがカメレオンのホルダー?」


 嘲笑するような声が聞こえてくる。


「足手まといらしいよ」


 廊下で女子生徒三人が優越感に満ちた顔で話し合っている。


「醜くて足手まといとか最悪じゃん」


「徹君のおかげでお情けで雇われてるんだって」


 逃げるようにその場を後にする。

 主人公は徹でいい。

 けど、あからさまに馬鹿にされると少しばかり傷つく。


 これでいいのだ。

 改めて思うが、主人公は徹でいい。

 それを追いかけているのが僕の人生なのだろう。

 部室に入ると、既にパーティーメンバーが揃っていた。


「遅いわよ」


 玲子が冷たい声で言う。


「すいません。教師に手伝いを頼まれて」


「五分ぐらいいいだろう。それより今回は重大なミーティングだ」


 会長が眼鏡の位置を整えながら言う。

 そして、その後彼の発した言葉に、一同息を呑んだ。


「新しい遺跡?」


 修也が目を輝かせて言う。


「そうだ。クラスの連中からのタレコミで海にできてた」


「チャンスじゃんか。荒らされてない遺跡。宝もまだ誰も手に入れてない」


 力也が身を乗り出して言う。


「その分、モンスターも多い」


 会長は淡々とした口調で言う。


「これはハイリスクハイリターンな選択だ。そこで皆の意見を聞きたい」


「行くべきだよ」


「そうだ行くべきだ」


 双子は小躍りしそうな口調で言う。


「私は反対。プロに任せるべきだと思う」


 とは優子。もっともな意見だ。


「コトブキはどう思う?」


 徹は優しく微笑んで言う。

 なんで僕に振る。

 僕は焦って頭が真っ白になる。


「僕は……」


「コトブキの意見は聞いてねーよ」


「どうせ荷運びだしな」


 双子は厳しい口調で言った。

 まるで僕が喋ると空気が凍るかのようだ。


「コトブキだって部員よ。意見があれば言うべきだわ」


 優子が憤慨したように言う。


「そうだぞ、コトブキ。お前の意見を聞きたい」


「この際だから言うんだけど」


 玲子は腕組みして言う。その目は、嫌悪感を隠しもせずに僕を見つめていた。


「コトブキ君には抜けてもらうほうがいいと思うの」


 一瞬、沈默が場を支配した。


「荷運びなら他の人だって出来るわ。いらないのよ。副業をしながらお遊びでついてこられたらモチベーションが下がるわ」


「けど、武器防具を適切に渡してくれるのはコトブキしかいませんよ」


 徹は動じずに微笑んで言う。


「俺は副会長の意見に賛成。正直吸い取り屋がいるとモチベ下がるんだよな」


「カメレオンモードキモいしな」


 とは双子。


「玲子。それは君の感情論だ」


 会長は淡々とした口調で言う。

 しかし、どこか楽しげな響きがあるのは気のせいだろうか。


「私は意見は変えないわ。力也なら荷運びと戦闘の両方をこなせる。荷運び専門は必要ない」


「俺は反対です」


 とは徹。


「コトブキは俺に武器や防具を飛ばしてくれる。俺とコトブキのコンビネーションがあって今までやってこれた」


「装備を最初から持ってればいいだけじゃない。聖騎士の腕力ならそれも可能なはずよ」


「ケースによって武器を変えなければならない。コトブキの判断力はその点頼りになる」


 優子は微笑んで、うんうんと頷く。


「主戦力の徹が言うならそれが真実なんだろう」


 会長は物憂げに言う。


「この話はここまでだ。行くか? 行かないか?」


「行く!」


 双子が異口同音に言った。


「なら出発だ。コトブキ、普段より武器のバリエーションを増やして準備しろ」


「わかりました」


 部室を出る。

 心臓が早鐘のように鳴っていた。

 追放されかけた。


 それもいいのかもしれないと思う。

 徹と優子とは一緒にいたい。

 けど僕は、家でゲームでもしていた方が似合うと思う。


 所詮僕は人生の脇役なのだ。

 生まれ持ったカードが貧弱すぎる。

 話すのは下手だしカードを使えば醜くなるし、これまでも徹のおかげで居場所を作れたようなものだ。


 徹にこれ以上負担はかけられない。

 けど徹は優しいから、きっとこう言うだろう。


「気にするなよコトブキ。俺達はいつまでも一緒だ」


 幼馴染だからわかるのだ。

 徹は良い奴だから、僕が隣に立つことを許してくれる。


 僕にできることは、徹の負担を減らすように、戦闘でもっと貢献することぐらいだ。

 僕は慎重に武器を選んで、荷台に乗せた。

 校門では既に部員達が集まっていた。


「それじゃあ行くぞ」


 会長が言う。


「あの荷運びが噂の」


「カメレオンのホルダーかあ。キモいな」


 わざわざ聞こえるように話し声がする。

 それもいつものことだ。気にすることはない。


 もしも追放されれば。

 僕にはこの学校での居場所なんてなくなってしまうのだろう。

 徹は双子と話しているが、優子は何を考えているのか、悔しげな表情で黙り込んでいた。


 到着すると、水平線が僕らを出迎えた。

 会長はメモを片手に歩いて行く。

 そして、僕らはカードホールドを腕に巻いた。


 会長は海の家から裏手に三十歩ほど歩き、砂を掘り始めた。

 すると、光の渦が姿を表した。


「ワープゲートだ。この先になにがあるかはわからない」


「会長にしてはギャンブルね」


 玲子がからかうように言う。


「俺だっていつまでも見習いではいたくない。実績は積んだほうが就職時に有利になる」


「生徒会長になったのもその一環かしら」


「押されて止む無くだよ。俺はそういう男だ」


 会長は苦笑交じりに言う。

 人望がある人間にしか言えない台詞だ。

 僕も一度ぐらいはそんな台詞を吐いてみたい。


「じゃあ、行くぞ」


 会長はワープゲートに手を触れ、念じ始めた。

 次の瞬間、世界が暗転し、そして異界の光景が周囲に広がった。


 洞窟だ。

 まるで生物の体内のように壁に走った血管が脈打っている。

 色は肉の赤一色。

 何かの体内に侵入してしまったような嫌悪感が体を支配する。


 それは一同も同じようで、暫しの間、誰もなにも言わなかった。

 沈黙に耐えかねて、僕は口を開いた。


「その、グロテスクですね」


「お生憎様、グロ耐性はお前の外見でついてるよ」


 力也が嘲笑を篭めて言う。

 喋らなければ良かった。後悔が体を鉛のように重くする。

 僕さえいなければこのパーティーは仲良し集団だ。


「幸いなことに帰りのワープゲートはこの場にある。暫くはここを起点にして周囲の魔物を狩っていくぞ」


「了解」


 僕以外の全員が異口同音に返事をした。

 僕は荷台を痛いほどに握りしめて、ゆっくりと歩き始めた。


 素直に追放されよう。

 そんな気持ちが湧いてくる。

 僕は邪魔者だ。


 優子も、僕に気を使っているから徹と二人きりになれない。

 人生の脇役は脇役らしく、家でゲームでもしていればいい。

 学校も辞めよう。


 僕だって疲れるのだ。

 醜悪なカメレオン人間。

 そんな評価を受けるよりは、まだマシな学校はいくらでもある。

 ただ、徹がいないのにその場に馴染めるかは謎だ。


 結局僕は徹に依存していないとやっていけないのだ。

 会長と徹を先頭に一同は進む。

 途中、何度か戦闘があったが、危なげなく攻略できた。


 カードホールドのサブカードに目をやる。

 光り輝いているそれが、僕の心を少し和ませてくれた。


 そして、一同は大広間に出た。


「これは……神殿か?」


 会長が戸惑うように言う。


 周囲は清浄な空気に満たされていた。

 石造りの部屋に、祭壇がある。

 そして、その前には巨大な甲冑が飾られている。


 甲冑は剣を持ち、その切っ先を地面に杖のようについて佇んでいる。


「鎧はいいんだけどこのサイズじゃ誰も着れねえな」


「今日もハズレかー」


 双子が残念そうに言う。


「いいんじゃない。コトブキの副収入になるよりは」


 玲子が嘲笑するように言う。


「空気を読んで抜けて欲しいわね」


「……わかりました」


 僕は思わず言っていた。

 もう限界だ。

 嫌味も、嘲笑も、見下す視線も、うんざりだ。


「おい、コトブキ……」


 徹が慌てたように駆け寄ってくる。

 優子は不安げに流れを見守っている。


「僕。抜けます」


 僕はそう言っていた。


「おっわかってんじゃん」


「お前は徹の足手まといなんだよ」


 双子が楽しげに言う。


「認めてないぞ。正式な手続きがいる」


 会長は淡々としているが、引き止めはしない。


「冗談よね、コトブキ。家に帰って寝れば気も変わるわ」


 優子が不安げに言う。


「けど、僕は……」


 その時、剣が風を切る乾いた音がした。


「コトブキ!」


 徹が言う。

 わかっている。僕は荷台から舌で剣を取り出し徹に渡した。

 徹は飛んで来た巨大な剣を弾き飛ばした。

 巨大な剣は空中で軌道を変えて、持ち主――巨大な甲冑の手へと戻っていく。


 甲冑ではなかった。

 それは動いていた。

 巨大な要塞が自ら意志を持ったかのように、絶大な圧迫感と存在感を持って動いていた。


 モンスターだ。


「あれじゃあ武器が通らない。一時撤退だ」


 会長がそう言って、後衛達を庇いながら後ずさりしていく。


「いたっ」


 優子が出入り口の見えない壁に頭を打って、小さな声を上げた。


「逃げれない……?」


 玲子が顔面蒼白になって言う。


「聞いたことがある。下層では侵入者を逃がさないトラップがあると」


 会長が苦々しげに言う。


「そんなのどうすればいいんだよ!」


 力也が焦ったように言う。


「壁際に集まって!」


 僕の発言に、一同戸惑うように黙り込んだ。


「いいから早く!」


「コトブキの言うとおりにしろ」


 会長の発言で一同、壁際に集まった。

 次の瞬間、皆の姿が壁と同じ柄に染まっていた。


「その、カメレオンのカードの特殊能力、保護色です」


 僕は小声で言う。

 巨大な甲冑は戸惑うように僕らがさっきまでいた場所で周囲を見渡している。


「出入り口は塞がれた。多分奴の魔法ですね」


 徹が淡々とした口調で言う。


「魔力切れを待つか、倒そうと試みるか。ミラクルソードは奴に効きそうか?」


「危ういでしょう。支援を受けた力也の方がまだ可能性があるかもしれない」


「甲冑に隙間があるからそこから倒せないかな」


 とは優子。


「そうよ。甲冑の隙間を狙えばいいんだわ」


 玲子が自分で発案したかのように言う。


「それじゃ、その手で行ってみるか」


 徹はそう言って、手に持つ剣に力を入れた。


「支援は俺に。保護色解除と共に俺が飛び込んでいく」


「頼んだ」


 会長は淡々とした口調で言う。ピリピリとした緊張がどこか感じられる。


「いいか、コトブキ。スリーカウントだ」


「うん、わかった」


 徹がいれば大丈夫だ。

 今までだって、そうやってやってきたのだ。


「三」


「二」


「一」


「ゴー!」


 僕と徹は交互に言い、そして最後に保護色モードを解除する。

 徹は駆け出した。

 修也、優子、玲子の支援魔法がその体に降り注ぐ。

 そして徹は天高く跳躍し、兜と鎧の境目に剣を突き立てた。


「なに!?」


 徹が慌てたように言う。

 兜が飛んだ。

 その中身は空っぽだった。

 徹は掴まれ、地面に叩きつけられる。


「徹!」


 優子の悲鳴のような声が上がる。

 巨大な甲冑は大剣を振り上げた。

 徹が、死ぬ?


 死ぬのは、駄目だ。

 僕は荷台を手放すと、無意識のうちにサブカードをカードホールドから取り出し、メインカードスロットに差し込んでいた。


 黄金の風が吹いた。

 カメレオンの醜悪な外見が消え、腕には白い毛が、頭には一本の角が生える。

 その角に触れると、それは一本の槍となった。


 僕は軽く地面を蹴った。

 その瞬間、会長の速度をも凌駕するスピードで僕は巨大な甲冑に肉薄していた。

 そのまま体当りする。

 甲冑はバランスを崩し、数歩後退した。


 僕は徹を背にかばって、立つ。


「ユニコーン……聖獣の、ホルダー……」


 優子が呆気に取られたように言う。

 そう、僕はユニコーンのホルダー。

 幻想種のホルダーはモンスター職のホルダーの上位。その中でも聖獣と呼ばれる最上位のホルダーは、神話に残るような奇跡を可能にする。


「大丈夫だよ、徹。僕が、助ける」


 そう言って、僕は槍を構えた。

 聖なる槍はいかなる毒をも悪霊をも退散させる。


 僕はまた軽く地面を蹴った。

 それだけで世界が目まぐるしく視界を過ぎていく。


 この前の戦闘で素早さはカンストした。

 壁を蹴り、天井を蹴り、敵の視界から外れる。

 そして僕は、兜を失った甲冑の首部分から槍を突き立てた。


 聖なる光が世界を満たす。


 巨大な甲冑は、なにも言わずにそのまま地面に倒れ伏した。

 世界が静寂で満ちた。


 僕はメインカードとサブカードを入れ替える。

 カメレオンのホルダーに逆戻りだ。

 けど、これでいい。


 僕は、主人公になる気はない。

 痛いほどの沈默が場を支配していた。


 全員、何を言えばいいのか、何から問えばいいのかわからずに、黙り込んでいた。


「ひとまず、この場を出よう。撤退だ。プロに任せたほうがいいとわかった」


 会長が言い、一同歩き始める。

 僕は荷台を引いて歩き始める。

 徹が何か褒めてくれると思ったけれど、彼は何も言わずに先頭を歩いていた。



続く


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