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一学期の終わり

「琴谷先輩の実技対策のおかげで好成績を取れました」


 はじめが上機嫌に言う。


「はじめ君凄いんですよ。戦士系で学年トップ。名実ともに生徒会メンバーですね」


 そう言う結月は苦笑交じりだ。


「そっか。そりゃ良かった。夏休みだな」


 僕は座って優子の弁当を食べながら言う。


「校別対抗戦が近付いてきましたね~」


「夏休みの終わりだな。悪いけど皆には夏休み中異界に篭ってもらうぞ」


 日の出ている間は異界で生徒会メンバーの実力を底上げし、深夜には禁断の異界に篭もる。

 それが僕が思い描く夏休みの予定だった。


「毎日コトブキ先輩と会えるなら嬉しいですよ」


 純子がさらりと言う。

 優子の持っているストローがひしゃげた。


「捻くれた子がいなくて僕は嬉しいよ」


 苦笑交じり言う。


「しかし色気のない夏休みだなぁ」


 優子が少し憂鬱げに言う。


「優子……時間は作るから」


「ずるーい私にも時間作ってくださいよー」


 純子はガンガン押してくる。

 恋人の目の前で彼氏にアピールするこの胆力を見習いたいものだ。僕はさっきから冷や汗ダラダラだ。

 しかし、珍しいことではないので流石に若干慣れてきた。


「はいはい。異界でアドバイスするよ」


「そういうのじゃなくてー……デートとかー」


「純子。月のない夜と支援から誤って飛んでくるデバフスキルには気をつけなさいよ」


「あー、邪魔者を始末する気だ。コトブキ先輩助けてー」


(こいつ、面白がってないか)


 本当。純子は胆力だけは人一倍だ。


「まあ、これでプリンの販売機が用意できなかったら僕は失脚だ。新生徒会は早くも不信任案決議で解散。使を会長とした新たな生徒会が樹立されることだろう」


「まだ言ってる」


 純子が若干呆れたように言う。


「選挙の結果は自販機じゃなくて先輩の実力あってですよ」


 はじめもやや呆れ気味だ。

 僕は大真面目に言っている。優子に言わせれば、だからタチが悪いと言ったところか。


「スカウトも沢山来るそうだから、アピールのチャンスですね」


「そろそろ僕も卒業が見えてくる頃か……」


 なんだかあっという間に二年になった。

 三年になるのもあっという間だろう。

 少なくとも、会長職を交代する頃には僕は三年になっている。


「色々あったねえ」


 優子が苦笑交じりに言う。


「学生生活の数分の一を登校せずに修行の旅に費やしてる風来坊もいることだし」


 とぼけた調子で言うのは徹のことだろう。


「徹は要領がいいから」


「出席日数よくカバーできてるものよね。歌世先生の手回しかしら」


「ギリギリのラインを見極めてるんじゃないかな。学校としても徹みたいな強い生徒の留年は損失だから、どうしても甘くなるというか」


「私、てっきり生徒会メンバーは徹にするものだと思ってた」


「俺もです」


「だっていないもんはしゃーなかろう。元生徒会長の片腕として申し分ない実績があるけどな」


 副会長は使だ。

 そういえば、と、僕は彼女と打ち合わせていないことがあったのを思い出して、弁当の中身を口の中にかきこんで立ち上がった。


「ちょっと副会長と意見のすり合わせをしてくる。皆は楽しんでてくれ」


「うん、ご苦労様」


 何かいいたげな純子を制して優子が言う。


(本妻の余裕だよなあ……)


 思わず感心してしまう。

 優子は嫉妬深いが、公私混同はしないのだ。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


「むー」


 わかりあっている感じが気に食わなかったのか、はたまた使と会うのが気に食わないのか、純子が唸る。

 僕はそれを残して、学校の屋上へ向かった。


「夏休みの予定は決まった? 使」


 使はいつも通り、屋上で空を見ていた。

 振り返る。

 雨水を溜めそうな長いまつ毛が、ぱちくりと動く。


「花の世話を」


「君はいっつもそれだね。人間より花が好きなんじゃないかい」


「ですね。花や野菜には邪念がありませんから」


 この自称天使は本気で言ってるのが本当にタチが悪い。


「夏休みの終わりにちょっとした大会が開かれるんだ。副生徒会長として戦ってほしいんだけど、いいよね?」


「断ります」


 表情ひとつ変えぬ即答だった。

 焦ったのは僕だ。


「いや、その大会で優勝して賞金を貰わないと花のゲート作れないんだけど」


「皆さんで頑張ってください。私が参加したら、対戦相手を浄化してしまいます」


「それは困るけど。カードホールド装備してさ」


「あんな欲に塗れた不浄なものを天使の私に装着しろと?」


 呆れたように言う。

 呆れるのはこっちだ。

 この女、もしかして自分のやりたいこと以外は一切協力しないつもりか。


「いや、困る。副会長が不戦敗ってのは少々荷が勝ちすぎる」


「どう言われても私は参加しません。私達の契約はジエンドの撃破まで。そこで解散です」


「うーん……」


 困った。

 使は本当に譲る気がないらしい。


「じゃあ副会長を降りてもらって花のゲートもなしでいいのか?」


「まあ、選挙で勝ったのは貴方ですからね。けど私の提案を受け継ぎたいと言ったのも貴方のはずでは?」


 反論の言葉を失う。

 仕方がないので、僕は生徒会顧問の師匠に相談することにした。

 職員室の椅子で足を組み、コーヒーをすすりながら師匠は話を聞く。


「補欠制度があるからなんとかなるんじゃないかなあ」


 師匠は寝不足気味の口調でそう言った。

 最近禁断の異界に篭っているのもあるし、ナンバースとのすり合わせで睡眠時間を削っているのかもしれない。


「補欠制度?」


「生徒会役員に非戦闘系ホルダーが入閣し辛くなるだろう? だから、一人まで補欠制度が適用されてるんだよ」


「となると、徹を参加させる手も出てくるわけですか」


 僕は胸が弾んだ。

 幼馴染との共闘。徹ほど頼りになる戦士を僕は知らない。


「まあ、肝心の本人が行方不明だけどね。蹴鞠ちゃんなんてどうだい。内申点上がるぜ?」


「そうですね。先輩も来年卒業だからなあ」


「ま、進路希望も決まってるし、バイトと学業の両立も上手くやってるみたいだし。ああいう一人上手は自分で回すのかもしれないけど」


「うーん……」


 あと一人の補欠。

 誰にしたものか迷ったものだ。


 それこそ、徹が帰って来てくれればいいのだが。


「電話とかはしてないのかい?」


「師匠は?」


「たまにするんだけど最近繋がらないな」


 気まずい沈黙が場に漂った。


「死んでたりして」


 師匠は呟くように言った。


「縁起でもない」


 僕は脱力しつつ言う。


「けど、出ないんですか?」


「出ないんだよ。なんか誰か連れていくって言ってたからツレが出てくれてもいいんだけどな」


 そこでふと気がついた。

 徹はアークスのダイゴと一緒に旅立った。

 スマートフォンの画面に表示されたのがナンバースの師匠の名前ならダイゴは出ないはずだ。


「ちょっとかけてみます」


「ん、頼んだ」


 スマートフォンを取り出し、徹に電話する。

 数コールのうち、相手は電話に出た。


「もしもし、琴谷か?」


「ああうん、僕だ」


 僕は戸惑った。

 電話に出たのが本当にダイゴだったからだ。


「修行の旅は順調?」


「まあ、ぼちぼちだな。凄い奴だよ。お前もだけどこいつもな」


 その口ぶりなら徹に何かあったということはなさそうだ。


「徹はなんで出ないんだ?」


「ん……話せば少し長くなるが」


「いいよ」


「うーん……実物を見てもらった方が速いか。明後日辺り、そちらに帰る。男手を用意しておいてくれ」


「男手?」


「ああ。見ればわかる」


 そう言って、電話は切れた。


「帰ってくるそうです」


「ほー。なんか潔いな。なんか掴んだかな。禁断の異界にあらためて誘ってみるか」


「既に誘ってたんで?」


「だってどう考えたってこっちのが効率いいだろ? 本人がイレギュラーがある方が良いつって断ったんだよ」


「なるほど」


 要領の良い徹なら、確かに決められたレールを歩くより何が起きても不自然じゃない環境の方が掴めるものはあるだろう。

 成長するための嗅覚が優れているのだ。


「会うのも久々だな」


 僕の声は自然と弾んでいた。


「丁度いい。期末考査の追試させなきゃ留年してもおかしくない。ちょっとは浮世慣れしてもらわないとな」


 師匠は安堵したように言う。


「じゃあ、待ち合わせ時間は私が決めるよ。彼を確保して禁断の異界に連れ込む。成長があるか見定めたいし、彼のレベルアップにもなる」


「わかりました。伝えるのは僕がやりますよ」


 徹がアークスのメンバーと活動を共にしているなんて知れたら裏切りを疑われるかもしれない。

 僕が間に入るのが一番だ。


「わかった。私はどうやら徹君の旅仲間に嫌われてるようだしな」


 師匠は飄々とした口調で言う。

 子供のイタズラぐらい許してやる、という余裕に見えた。


 そして、当日がやって来た。

 公園にやって来たのはダイゴ。

 背には、ぐったりとした徹の姿がある。目が閉じられていて、死んでいるようにも見えて僕は冷や汗をかいた。


「ずっと寝てるんだ」


 ダイゴは苦々しげに言う。


「ずっと……?」


 僕は、恐る恐る問う。


「殺意を向けられたら反応するから、話がしたいなら異界に連れて行ってやればいい。じゃ、俺は帰る」


「待てよ、ダイゴ」


 徹を下ろして背を向けるダイゴに僕は言う。


「ナンバースに、鞍替えする気はないか」


「その機は、既に失った。幼馴染を手にかけた俺に、明るい道はもう歩けない」


 淡々と言う。

 しばし、沈黙が場に漂った。


「あんたは精々小市民ぶってりゃあいいさ。じゃあな」


 そう言うと、ダイゴは去っていった。


「レベルアップはできたのかよ?」


 大声で問う。


「まあな」


 そっけなく言うと、ダイゴの背は小さくなっていった。

 そして、寝ている徹に視線を落とした。

 心地よさげに寝ている。


 口元に耳をやる。

 呼吸をしている。

 生きている。

 なんだか涙が出そうになった。


 しかし、殺意を向けられなければ反応しないとはどういうことだろうか。

 この睡眠、そんなに深いのか?


 事情を小鈴にも説明する必要があるだろうから、ダイゴからもっと情報を聞いておくべきだった。

 後悔先に立たず。

 ダイゴの連絡先なんて僕は知らないのだ。


「行くぞ、徹」


 そう言って、徹の肩を担ぐ。

 そして、歩き始めた。

 公園に十分ぐらいで辿り着く。

 師匠と優子はもう準備万端だった。


「気持ちよさそうに寝てるねえ」


 優子は驚いたように言う。


「どうも、こういう状態が続いてるみたいだ」


「ふむ?」


 師匠が片眉を上げる。


「殺意を向けられたら反応して動くらしいから、異界に連れて行けば起きるとかどうとか」


「正直荷物を抱えて禁断の異界へは行きたくないな」


 師匠は面倒臭げに言う。


「けど、起きたら特級戦力です。連れて行ってみませんか?」


 あこなら徹も一発で起きるだろう。それだけ危険なレベリングマップだ。


「私もカバーに入りますよ」


 優子も、少し不安げに言う。

 余りにもの熟睡ぶりに不安になるのはわかるというものだ。

 僕も、その不安に突き動かされて発言している。


 師匠は暫し考えこんでいたが、渋々頷いた。


 さて、禁断の異界だ。

 結果として、いきなり混戦となった。


 ワープゲートの出先にアンデットオーガが三体待ち受けていたのだ。

 足を引きずってオーガ達は緩慢に駆けてくる。


「サンクチュアリ!」


 優子が唱えると、青い清浄な結界が僕らを包んだ。

 僕はその外に出ると、跳躍して半回転し、オーガの背を取った。


「五月雨・改!」


 光の槍が何本も空中に浮かび上がり、雨のように降り注ぐ。

 しかし、致命打は与えられない。


「スピダド!」


 優子がデバフスキルを唱える。

 元々鈍いオーガ達の動きが更に緩慢になった。


 しかし、その腕力は変わらない。


 サンクチュアリの結界は使い手によって強度が変わるとは言え、基本スキルだ。

 強い敵なら腕力でこじ開けられる。

 そして、ここには強い敵しかいないのだ。


 サンクチュアリの結界が斧で破られる。

 そして、斧が投擲された。

 それは回転して、徹に向かって飛んでいった。


「あぶな」


 僕が言うのと徹が目を開けるのは同時だった。

 徹はまるで最初から起きていたかのように目を開くと、抱きかかえていた潮風斬鉄で居合い斬りを放った。


 空間が歪む。

 斧が真っ二つになり、アンデットオーガの体が真っ二つになる。


「……なんだ、夢か」


 呟くと、徹はその場に崩れ落ちた。


「へ?」


「え?」


「ん?」


 三人の口から間抜けな声が上がる。

 徹は再び寝入っていた。


 しかし、さっきのはなんだろう。

 まるで、僕やアークスの使う空間の断裂のような切れ味だった。


 わかることは一つある。

 徹は帰ってきた。パワーアップして、帰ってきた。

 僕は残った敵を倒そうと地面を蹴った。




+++




「っつーわけでな。優勝してもらわんと困るのだ」 


 窓の外の月を眺めながら男が言う。

 学生服姿の生徒がその背を眺めつつ返事をする。


「はあ。生徒会選挙にでろと言うのは、僕とその琴谷とか言うのを当てるためですか?」


「有り体に言えばそうだな。歌世とはここらで差をつけておきたい」


「歌世。その琴谷とか言う奴の先生ですか」


「そうだ」


 生徒は小さく笑いを漏らした。


「わかりました。期待していてください」


「笑い事じゃないよ。魔物の血をひく者をナンバースに迎え入れることは避けたい。お前の方が優秀だと印象づけるんだ」


「大丈夫ですよ。そのスピードキングが何をしようと、俺が退治してみせますよ」


「腕の一本や二本は構わない。事故として処理する。頼んだぞ」


 生徒は微笑んだ。自信たっぷりに。


「大丈夫です。先生から賜った玄武のカードは最強です」


「聖獣のホルダー同士の戦いか……我ながら世も末だな」


 そう言って、男は溜息を吐いた。

 深い深い溜息だった。




続く

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