戦い終わって
「なんか掌の上って感じで面白くないんだよなあ」
そう言って、師匠は公園のベンチでコーヒーを一口飲む。
僕と師匠は恒例の修行のために公園に来ていた。
「掌の上?」
「あのアークスの爺さんのさ」
師匠は苦笑する。
確かに、まんまとあの老人の意図通りに僕らはジエンド対策を練っている。
「なんなんだろうね、これ」
そう言って、師匠はあの老人が退魔の玉と称して僕らに託したアイテムを持ち上げた。
「力はあると思います」
僕は言う。
「それを持ってたら、ピリピリするから」
「ピリピリ?」
「使が言うには、僕は悪魔の因子を持っているそうですからね。拒否反応が出るんでしょう」
「ふむ」
師匠は玉をまじまじと観察する。
「悪魔の因子ってのは初耳だなあ」
「言いふらすことでもないですし……正直師匠に打ち明けるのも躊躇いました」
自分の一部が人間ではない。人には中々言いづらいことだ。
「ま、君は君だ。上がどう言うかはわからんけど黙っておくよ」
師匠はそう言って軽く流してくれた。
ちょっと拍子抜けだった。
「まあ、今後もあの老人の意図通りあの異界に通うことになるだろう。対抗戦の頃にはいい具合になってるんじゃないかな」
対抗戦。
すっかり頭から抜けていた。
生徒会長としての仕事もしなければならない。使が黙ってはいないだろう。
「それにしても、アークスは何処でジエンドの情報を仕入れたんだ?」
四天王最強の悪魔ジエンド。
魔界に行ったからその存在を知れたものの、その巨大な力はワープゲートに妨げられている。
「なんか随分長いこと異界を展開してる感じでしたね、あのお爺さん」
「そうなんだよ。ナンバースがジエンドの情報を知ったのはつい最近、君達が魔界に踏み入れたからだ。その方法というのも偶然だし、何処で知ったんだって謎は残る」
「もしかして、アークスは魔界に行くツテがある?」
「コースケなら何か知ってるかな」
「そういや、コースケ最近見ませんね」
「ああ、私が捕らえてナンバースが軟禁してるからね」
僕は黙り込む。
それまでが不自然だったのだ。
アークスとナンバースの師匠が同じ部に入り協力する。それは不自然な構図としか言いようがなかった。
均衡は崩れたのだろう。
「ちょっと聞いてみるさ」
「コースケは……その、元気で?」
「カードとカードホールドは没収されたからもう戦士ではないがね。呑気に三食食ってるよ」
師匠が少しバツが悪気に言ったので、僕は安堵した。
どうやら、敵対組織と言っても非人道的な扱いはされていないようだ。
「アークス。やっぱり謎が多い敵だな。バンチョー君が探索庁に入って早々引き抜かれたのもなんか引っかかるものがある」
「と言うと?」
「バンチョー君の一件で思ったが、もしかしたら……」
師匠はそこまで言って黙り込む。
緊張の数分間。
師匠はその後、再び口を開いた。
「いや、なんでもない」
僕は脱力する。
「そりゃないっすよ」
「憶測で君を危険に晒したくはないんだ。すまんね。しかし我ながら、真相に近寄りすぎてるんじゃないかって気がしているよ」
「どういう意味か聞きたいですが、答えてはもらえないんでしょうね」
「んだ。人間諦めが肝心」
そう言うと、師匠はベンチから跳ねるように立ち上がった。
「さて、組み手といくかあ。と言っても、禁断の異界でパワーアップしたんだ。私のエルフのカードぐらい圧倒できないと話にならんぞ」
「一回行っただけじゃないですか。師匠を圧倒だなんて……」
「けど、ステータスポイントを力には振ったんだろう?」
「多少は上がりましたけどね」
「それでいい。校別対抗戦でもその力が活きてくるだろう」
禁断の異界は一段落がついた。
次は校別対抗戦だ。
他の学校にどんな猛者がいるか、僕はまだ知らない。
「……なんか平和ですよね」
「いいことじゃないか」
「僕らの周囲だけ波乱って感じだったので、なんか気が抜けます」
「しかし今この瞬間にジエンドが現界すれば全ては終わる」
師匠の一言で僕は背筋が寒くなった。
あの強大なジエンド。
それに対抗する策を人類はまだ知らない。
「知らないのが一番だ。それが一番平和でいられる。そして対策をするのは知ってしまった者の義務でもある」
師匠はそう言って、エルフのカードをカードホールドに挿れた。
僕も自分のカードホールドに聖獣のカードをセットする。
楽しい修行の時間の始まりだった。
一先ず長らくの目標だった禁断の異界での修行は目処が立ち、次は校別対抗戦の日が近づきつつあった。
続く




