ワンオンワン
その時、僕はいつの間にか左手に手錠がつけられていることに気がついた。
その先の鎖は、老人の左手の手錠に繋がっている。
運命の糸のように、鎖は引きあっている。
「ファイアロード!」
唱えた師匠が炎の鳥となり空を飛ぶ。
その下は燃え盛る炎に支配された。
しかし、老人には傷一つない。
人型に戻った師匠が振り返って目をぱちくりとさせる。
「ユニークスキル、ワンオンワン」
老人は淡々とした口調で言う。
「俺と戦う者は一人だけ。それ以外の人間は観客になることしかできない」
僕は押し黙る。
つまり、この鎖は。
「対戦相手はお主じゃ、ユニコーンの小僧。かっかっか」
なるほど、やはりワンオンワンの相手に選ばれたということか。
「スピダド、トクドド」
優子がデバフスキルを唱える。
しかしそれは結界のようなものに阻まれ、老人まで届かなかった。
「私と先生は何もできないってこと?」
優子が歯がゆげに言う。
老人はまた一つ、笑った。
「大丈夫だ、優子」
僕は淡々とした口調で言う。
「勝つよ、僕は」
優子は口を開いて何かを言いかけたが、苦笑して溜息を吐いた。
「頑張れ、コトブキ」
「その一言で百人力だ」
そう言って、僕は槍を再び構える。
「アクセル、フォー」
限界まで自分の速度を高める。
そして、槍を突き出して特攻した。
老人の剣がそれを弾き、僕は老人の背後に着地する。
すぐに振り返る。
剣が一閃し、槍がそれを防いだ。
速い。
老人の速度とはまるで思えない。
そして、剣と槍が幾重にもぶつかりあった。
「流石悪名高きユニコーンのホルダー。アークスでも一番速い俺相手によくやる」
「そっちがアークスのトップならこっちはナンバースのトップより上だ!」
「ふふ、ナンバースですら無いか。世の中は広い」
そう言って、老人は数歩後方へと跳躍した。
そして、剣で十字を切る。
「ホーリークロス!」
光の流星群が僕を襲う。
それを、僕は一足飛びで回避、するはずだった。
次の瞬間、鎖が引かれ、僕の体は強制的に流星群の前へと引きずり戻される。
「しま」
言い切る余裕はなかった。
咄嗟にゼロストームを放ち光を叩き落としたものの、数個はそれをすり抜けた。
体に穴があき、熱い血潮が流れる。
「なるほど」
僕は溜息混じりに言う。
「鎖にはそう言う使い方もあるか」
「青いな、小僧。使えるものは全部使ってこその総力戦よ」
老人は楽しげに言う。
「なら、俺も使わせてもらう!」
そう言って、手錠を引く。
老人はたたらを踏む。
その懐に一瞬で潜り込んだ。
槍で突く。
老人は回避する。
そこに追撃。
「チャージ!」
僕の体は光となり、老人に体当りしていた。
槍の切っ先は剣で防がれている。
しかし、老人の体は吹き飛んだ。
鎖が引かれ、僕の体は前に数歩よろける。
しかし、老人は倒れていた。
さらに、追撃。
跳躍して、槍を下に向けて老人に落下する。
老人の目が鋭く光った。
「甘いわ、ホーリークロス!」
本日二度目のホーリークロス。跳躍している僕に回避する余裕はない。
「ゼロストーム!」
苦し紛れの防御スキル。
光を幾つかき消したが、再び体に穴があいた。
強い。
左太腿をやられた。
もう売りである高速戦闘は不可能だ。
接近するしかない。
僕は飛んで立ち上がる老人に向かって右足で跳躍して接近した。
槍と剣が幾重にもぶつかりあい火花を散らす。
「なるほど、なるほど。強いな、小僧。しかし、ジエンドには届かない」
「ジエンドを知っているのか?」
「それもそうよ。これはジエンドを倒す者を育てるための異界よ」
僕は押し黙る。
はた迷惑なのがアークスの特徴だが、これではまるでアークスが正義の味方みたいだ。
老人は後方へ退く。
鎖がピンと張る。
「アークスはジエンドのことを知っているのか?」
「ああ。最強の四天王。ナンバースの小倅が何人か四天王を倒したと驕っておるようだが、ジエンド一人に敵わない」
「僕達は必ずジエンドを倒してみせる。だから、こんなところで倒れてはいられない」
老人はそのまっすぐな言葉に目を丸くした。
隙が、見えた。
「チャージ!」
僕の体は光となり老人へと突進する。
一手遅れた老人の腹部に槍が突き刺さった。
「そうか。ジエンドの強さを目の当たりにしてなお、折れんか」
老人の口の端から血が地面へと滴り落ちる。
「面白い」
そう言うと、老人は剣を杖のようにして体重を預け、なんとか立ち続けた。
「現界へのゲートを作ってやろう、小僧。そして、また来るがいい。この異界は何度でもお前達に経験値を与えるだろう」
僕は目を丸くした。
「見逃してくれるってこと?」
「ああ」
老人は天を仰ぐ。
「ジエンドを倒せぬ限り我々に未来はないのだ」
僕は違和感を覚えていた。
はた迷惑な存在のはずのアークス。
しかし、彼等は彼等で人間を想っているのだ。
「小僧、お主、アークスに入らんか?」
老人が僕の目を見て言う。
「残念ながら、先約がある」
僕は苦笑する。
老人も苦笑した。
「それは惜しいことをした。聖獣のホルダーよ。お主は人類の希望じゃ。これを受け取るがいい」
そう言って、老人は手を掲げた。
天から宝玉が落ちてくる。
それを、僕は受け取った。
「退魔の玉じゃ」
紫色の透明な水晶玉。
それを、僕は戸惑いつつも受け取っていた。
続く




