キーマン
「君はけして最強にはなれないだろう」
歌世は、缶コーヒーを振りながらそう言った。
「けど、最高のキーマンにはなれる」
今、なんでそんな言葉を思い出すのだろう。
そう思いながら、優子は落下していた。
このままでは高所から落下した状態で地面に激突する。
それは非常に危険だ。
有効なスキルを咄嗟に取得する。
「グラビド!」
重力が反転し、優子の体がふわりと宙に浮く。
そして、優子はゆっくりと地面に着地した。
コトブキ達が降りてくるまで今暫し時間がかかるだろう。
その間、一人で乗り切らなければならない。
もし、多数の敵が現れたら。
ゾッとしない想像だった。
とりあえず、杖を召喚してその場で待機する。
そして、それはやって来た。
鉄と鉄の擦れる音。
暗闇から現れる巨大な鎧。
アンデッド系モンスターだ。
鎧の中には醜悪な腐った死体がある。
アンデッドオーガ。
授業でも腕力の強い危険な敵だと聞いた覚えがある。
優子は周囲を見渡す。
一匹しかいない。
オーガの口角が上がり、涎が垂れる。
極上の餌だと喜んでいるのだろう。
しかし、幸いなのは優子も一緒。
敵は一匹しかいない。
そして、コトブキも見ていない。
ならば、今こそ出せる。
優子のタイマン戦時の本気を。
オーガの拳が振るわれる。
予備動作もないその動きを、優子は慌てて杖で逸した。
そこからの連撃。
拳の一撃が優子の腹部にクリーンヒットする。
優子は血を吐き出しながら後方に吹き飛び、壁に叩きつけられた。
後頭部を壁に打ち、意識が朦朧とする。
しかしそれはすぐにはっきりと鮮明になっていった。
ユニークスキルオートリジェネ。
タイマン時の優子の生命線。
不幸中の幸いだ。
これで距離が出せた。
これで、切り札が切れる。
「パワード……」
優子は唱える、そのスキルを。
「トゥエンティ」
優子の全身が筋肉で膨れ上がる。
「アクセルトゥエンティ」
パワードもアクセルも元の素早さや筋力が高くなければそこまで効果はない。
しかし、禁断の異界で鍛えた今、優子のカードはそれなりの筋力と素早さ向上効果を確保していた。
さらに、通常の人間では使いこなせない倍率のパワードとアクセル。
今の優子は、人間凶器と言えた。
歌世は言った。
「パワード、アクセル、リジェネ。その三つの並行利用で私が一番神経をすり減らすのはリジェネだ。君はその中でもリジェネをオートで使用できる。これは強みだ」
歌世は優子を指差した。
「君はデメリットなしで自分にバフ効果を好きなだけかけれる。いざという時は強力な前衛になれるんだ」
優子は手を前に翳して唱える。
「ピンポイントデフダド!」
デフダド。防御率ダウンのスキルが凝縮され、敵の心の臓の位置に収束する。
次の瞬間、前へと突貫した優子の拳がその位置を貫いていた。
何が起こったかもわからぬままに目を見開いてオーガは腐った血を吐く。
そして、そのまま倒れ、今度こそ完全に息絶えた。
腕にまとわりつく肉の感触と血の匂いに辟易としながら優子は腕を抜く。
そして、バフスキルを解いた。
筋肉の断裂の痛みが全身に走る。
しかし、それは次の瞬間オートリジェネで回復していた。
コトブキが壁を蹴りながら落ちてくる。
「優子、無事か? これは、敵か?」
「うん、スキルでどうにかしたよ」
そう言って、優子は微笑む。
流石に、好きな人にあんな筋肉達磨な格好は見せたくはない。
「浄化系スキルにしては全身が残っているし……胸の位置に穴がある」
コトブキは着地して、注意深くアンデッドオーガの遺体を観察した。
「どうやって倒したんだ? これ」
「だから、浄化系スキルだよ。行こう、コトブキ。こうなっちゃ上層には戻れないよ」
そう言ってさっさと前を歩き出す。
嘘が暴かれる前にこの場から去ろうと。
「待てよ、前は僕が行く」
「うん」
優子は上機嫌に微笑む。
「その調子で私の王子様でいてね、コトブキ」
「なんだそりゃ」
コトブキは苦笑しつつも、前を歩き出す。
優子は、それでいいと思う。
最強はコトブキだろう。それでいい。
自分はいざという時に彼を庇えれば良い。
そう優子は思いつつ、前に向かって歩き始めた。
続く




