罠
石畳の整然とした道が前へと続いている。
どこか、神殿のような雰囲気があった。
ここが、禁断の異界。
通称のわりには綺麗な場所だ。
遅れて、師匠と優子も異界の中に入ってきた。
「群れがわけば即座に不死領域を展開する」
師匠は淡々とした口調で言う。
しかし、師匠の不死領域は移動不可。
ジリ貧にはなりはしないだろうか。
「大丈夫だ。コトブキにスピードを活かして斥候を頼む。私達より先に進んで、敵を見つければすぐに戻ってきてくれ」
成る程。僕は苦笑して返事する。
「了解です。じゃあひとっ走り行ってきます」
そう言って、通路を駆ける。
敵はいない。
何故だろう。魔界に行った時のような懐かしさを感じる、
そして、感慨にふけっている暇もなく敵は現れた。
あれは、ミラージュの同類だろうか。
中が空洞な鎧甲冑だ。
たたらを踏みながら止まって、槍を掲げる。
「一閃投華――」
唱える余裕はなかった。
敵は一瞬でこちらの懐に入り込んだ。
鞘から抜き放たれた剣が雷鳴のように一閃する。
後方に飛んで回避する。
そこに、敵も追いついてきた。
剣の連撃を捌きながら唖然とする。
これが禁断の異界。
ザコ敵が下手なネームドに匹敵する。
退いていくと、声が響いた。
「コトブキ、右に避けて!」
師匠の声だ。
大人しく従う。
「ファイアロード」
炎の翼を広げた師匠の滑空した道が炎に包まれる。
熱気で喉がやられた。
師匠も修行していたのだろう。
ファイアロードは格段の温度に跳ね上がっている。
鎧が溶ける。
「デフダド!」
防御力ダウンの魔法を優子が唱える。
白銀の鎧が銅色に染まる。
今しかない。
「一閃投華金剛突!」
僕は全力で槍を投じた。
それは光となって、鎧の頭部を貫通していった。
鎧は中身がいないことを思い出したかのようにその場にバラバラになって崩れ落ちた。
「これが一般の敵ですか」
僕は呆れたように言う。
「思ったよりは楽だ。連携していくと上手くいけそうだな」
師匠は満足げに言う。
優子が驚いたように言う。
「もうレベルが上がっちゃった」
「一回の戦闘でか?」
僕は驚いて言う。
僕達のカードは経験を経て身体能力を大幅に向上させる。
それをゲームに紐付けてレベルと表現することが多い。
優子のカードは聖女のカードになって日が浅いとはいえ、それなりのレベルにあった。
「……ここで修行すれば、ジエンドに届くかも」
「だから言ったろ。良い手段があるって」
師匠は苦笑交じりに言う。
そして、付け加えた。
「命がけだがな」
息を呑む。
その言葉が、今はハッタリではないとわかる。
「じゃあ、また斥候頼むぜ、ヒーロー。ちょっとずつ敵を釣ってきてくれ」
「了解」
その後は、激戦に次ぐ激戦だった。
一体ならまだいい。
二体同時に相手をすると、それだけで微妙な均衡が崩れかけた。
学習して、一体ずつ釣る。
それを繰り返し、僕らは程良い緊張感の中でカードを強化していった。
そして、行き止まりに辿り着いた。
その壁には、レバーがある。
どうしたものかと思い悩んでいたら、師匠達も追いついてくる。
「ふむ」
師匠はレバーを見て、困ったように言った。
「ここまで一本道だったよね」
「はい」
「隠し通路などもなかったのかな」
「わからないところですね」
優子が淡々とした口調で返す。
戦闘に備えて集中しきっているらしい。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
師匠はそう言うとレバーに手を添えて、引いた。
その瞬間、足元が消えた。
三人して、落下していく。
その中で、羽を持つ師匠だけが空中で留まり、僕の手を掴んだ。
僕は優子に手を伸ばす。
優子も、僕に手を伸ばす。
しかし、お互いの手は空を切った。
優子は落下していく。
唖然とした表情で。
「優子!」
僕の絶叫が禁断の異界に響いた。
優子の姿は、ついに見えなくなった。
続く




