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蹴鞠の喪失

 先輩の家はこじんまりとした築三十年はありそうなアパートの一階だった。

 師匠に伴われて部屋の扉をノックする。

 隣りにいる優子は、どんな表情をしたものか迷っているようだ。


 僕だってそうだ。

 普通の顔をしていていいのかすらわからない。


「はいよー」


 扉の奥から聞こえてきた声で僕は一気に緊張状態に陥った。

 腕のカードホールドに手を伸ばす。

 蹴鞠家の扉を開けたのは、バンチョーだった。


 バンチョーはアークス所属。師匠のナンバーズとは場合によっては殺し合いをする仲だ。

 バンチョーもカードホールドに慌てて手を伸ばしたが、すぐにぐっと握り拳を作り、僕らを手で制した。


「やめよう。仏さんの前じゃ。蹴鞠の気持ちも考えてやれ」


「そうね。こんな時だもの。一時休戦といきましょう」


 師匠も淡々とした口調で言う。


「探索庁の仕事には慣れた?」


「現場の方が余程性に合っているとつくづく感じます」


「バンチョー君ならそう言うでしょうね。上がっても?」


「ええ、どうぞ」


 バンチョーに伴われて、僕ら三人は部屋に上がる。

 狭い部屋の奥には一枚の布団があり、そこには綺麗な遺体が寝かされていた。

 先輩はその前で座っている。

 背中を丸めて遺体を眺めているその姿からは、感情が読み取れない。


「酩酊して歩道橋から落ちて……打ちどころが悪かったらしいんじゃな」


「事故か」


「はい。目撃者もおります」


「そっか……蹴鞠ちゃん。この度はご愁傷様でした」


 先輩は声をかけられて、小さく肩を震わせた。

 そして、背筋を伸ばして振り返った。


「先生、忙しい中ありがとうございます。あら、コトブキに優子まで」


「たまたま僕らは約束して集まってたところなんだ。先輩、この先大丈夫かよ」


「卒業までの生活費は俺が貸す」


 バンチョーが淡々とした口調で言う。


「バンダ、けど」


 先輩が焦ったように口を開く。


「いいから黙って受け取っとけ。今更借金がちょっとぐらい増えたとこで一緒じゃ」


「それじゃ、ますますバンチョー君を捕縛できないわね」


「俺の作戦勝ちってことですな」


 バンチョーは冗談めかして言う。


「今は親父さんを送ることだけ考えろ。手続きは俺と先生が全部やっちょいちゃる」


「……ありがとう」


 先輩はそう言うと、遺体に向き直った。

 何か、考えている様子だった。


 その後、バンチョーと師匠がなにやら相談して、僕らは帰ることになった。


「先輩。あんまり気落ちしないように。学校通えるってわかって、安心しました」


 僕の言葉に、先輩は振り返って苦笑する。


「どってことないわよ。元々ろくでなしのクソ親父だったんだ。私は、変わらないよ」


「……本当に?」


「うん、本当。もう遅いわ。あんた達は明日に備えて寝なさい」


 そう言うと、先輩は立ち上がって玄関まで送ってくれた。


「じゃあね。来てくれてありがと。ちょっと元気出た」


 そう言うと、先輩は笑顔で扉を閉めた。

 僕らは暫く、その場に立ち尽くしていた。


「先輩、大丈夫でしょうか」


「こういうのはね、ボディブローみたいに後からじわじわくるものなのよ。今は平気でもいつか実感として知る。自分は失ったのだと」


「アークスのバンチョーと蹴鞠先輩を二人にしておいて……その、大丈夫ですか?」


 優子が、恐る恐る問う。


「バンチョー君とは一時不戦協定を結んである。対策は、したわ。後はバンチョー君に任せて帰りましょう。彼ももう、立派な社会人よ」


 たった二歳違うだけでここまで違う。

 まだ子供な僕。大人なバンチョー。境界線はどこだろう。

 知人の親が死んで冷静に立ち回れる自信は僕にはなかった。


「本当に、ね。ボディブローみたいにじわじわくるものなのよ。暫くは、蹴鞠ちゃんを気にかけるようにしましょう」


 そう言うと、師匠は車に向かって歩き始めた。

 いつの間にか、禁断の異界どころではなくなってしまっていた。

 いざ戦いの場に行っても、気もそぞろでそれどころではないだろう。

 まったく、困ったことになった。


 葬儀が終わった後、先輩はどんな顔をして登校するだろう。

 今からそれが心配だった。



続く

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