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蹴鞠の日常非日常

 何度数えても、少ない。

 蹴鞠は引き出しに入れていた封筒の中身を何度も確認する。

 一万円札が何枚か足りない。


 明日、バンチョーに返済する約束をしているのに、足りないと困る。

 その時、家の扉が開いた。


「ただいまー。いるかぁ。土産買ってきたぞー」


 父の声だ。酩酊しているのがそれだけでわかる。

 呆れながらも玄関に出る。

 そして、少し戸惑いながらも、父の目をまっすぐに見た。


「お父さん、盗ったでしょ?」


 父は暫く黙っていたが、そのうち機嫌良さげに笑った。


「わりぃわりぃ、今返すわ」


 そう言って、父は財布を取り出すと、札のぎっしり入った財布から紙幣を二枚取り出した。

 それを受け取ると、蹴鞠は封筒にしまう。


「勝ったの?」


 半分呆れ、半分安堵しながら言う。


「このぐらいの勝ちじゃ生活費は賄えないからな。もっと頑張らなきゃだ。父さん頑張る」


「生活費って……」


 蹴鞠は絶句した。

 その言い分ではまるで。


「仕事はどうしたのよ」


 父は拗ねた子供のように視線を逸して言う。


「辞めた」


「辞めたって。それじゃあ今月からの生活はどうするのよ! アパートだっていられなくなるよ!」


 思わず声が高くなる。


「うっるせぇなああいつみたいに。父さんはな、才能があるんだ。特別な星の下に生まれてるんだ。パチプロになって株やってお前を食わせてやるから安心しろ」


「馬鹿言わないでよ! パチンコで作った借金がある癖に!」


「うるせえって言ってんだろ! 俺の人生だ! 俺の好きにさせろ! お前は足手まといなんだよ!」


 そう言うと、父は部屋の奥へと歩いていってしまった。

 呆然とした蹴鞠だけがその場に取り残された。


 蹴鞠家は武士の家系だ。

 蹴鞠という名も、蹴鞠という種目が得意だからと今川氏真公から賜った名字だという。

 しかし、今となっては過去の栄華。

 貧乏一家に成り果てていた。


 この先、どうやって食べていけばいい。

 バンチョーの笑顔が脳裏に浮かんで、蹴鞠は泣きたいような気分になった。



+++



「部活を暫く休む?」


 僕は蹴鞠先輩の申し出に戸惑っていた。


「やっとメンバーが揃って部が再開したところなのに」


「悪いね、コトブキ。バイトのシフト増やしたいんだ」


「そういうことならいいですけど……なんか、ありました?」


「いやー? ちょっとそういう気分なだけさ」


 そう言うと先輩はさっさと帰っていってしまった。


(あれは、なんかあるな)


 僕は何故かそう思った。

 今の先輩の態度には、何処か違和感がある。


(バンチョー絡みかな)


 共通の部の先達であるバンチョー。今はアークスに所属しており、先輩に片思いしていた。


(だとしたら尚更僕に言えることなんてないんだけど)


 僕には恋人がいる。

 バンチョーと先輩がくっつこうと、喧嘩しようと、文句を言う筋合いではない。

 しかし、少し心配な気持ちもあった。


 だが、先輩への気持ちはすぐに頭の片隅に追いやられた。

 今日は禁断の異界に行く。

 久々にカードのレベルを上げられるかもしれない。


 深夜に、公園で師匠と待ち合わせする。

 師匠は缶コーヒー片手に、ベンチに座っていた。


「今日の予定は中止だ」


 緊張していた僕は、その一言で肩透かしを喰らったような気分になった。


「気合い入れてきたのに。なんかあったんですか? やっぱり危険だから駄目だとか?」


「いや、ちょっとな」


「と言うと?」


「蹴鞠君のお父さんが死んだ」


 僕は絶句した。


「唯一の肉親だそうだ」


 僕は唖然とした。

 このままでは、学校から先輩が消える?

 そんなこと、許してはおけなかった。



続く

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