引き継ぎ
生徒会長、いや前生徒会長と僕は生徒会室で対面していた。
「説明としては以上だ。主な活動としては各種イベントの進行と各委員会との月イチの会合だな」
「成る程、わかりました」
「それにしても、君が生徒会長になるとはな」
前生徒会長は僕にファイルを渡して苦笑した。
「意外でしたか」
「こういうのは徹の領分だと思っていた」
「まったくして同感です」
一年前の僕は陰キャオブ陰キャだった。
それが今では生徒会長。
わからないものである。
「君がこれから真っ先にやることは生徒会の構築だ。副会長会計書記庶務を任命する。その四人と意見をすり合わせながら進行と会合を進めていく感じだな」
副会長は使を既に指名している。会計は優子が確か数学が得意だったはずだ。
「まあ、そのフォルダを見れば君のモチベーションも少し落ちるかもしれん」
フォルダを開く。
数字がいくつもかかれた紙が入っていた。
「これは?」
「生徒会の予算だ」
僕は絶句した。
「十万ちょっとしかないんですが」
「専門学校の生徒会なんてそんなものだよ。心配しなくても各種イベントの予算は学校が出す」
「しかし十万っつーと、使の公約の花のアーチなんかは」
「まず不可能だろうな」
僕は流石に不味いと思った。
使との関係が悪化するのは得策ではない。
「おかしいじゃないですか。去年も有名人呼んでましたよね、学校祭」
「各種イベントの予算は学校が別に用意すると言ったろ?」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「まずは公約の目安箱の設置から初めていけばどうだ。それに、予算を増やす方法、ないわけではないぞ」
そう言って前生徒会長は微笑む。
「と言うと?」
「学外対抗戦だ」
「学外対抗戦?」
聞いたことのない単語だ。
「有り体に言えば生徒会の甲子園だな」
「生徒会の……甲子園、ですか」
前生徒会長らしいわかりやすい例えだ。
「坊主にでもしますか」
前生徒会長は僕の一言に目を丸くすると、次の瞬間声を上げて笑っていた。
「お前も冗談を言うようになったか。良い傾向だ」
「どうも」
「何故生徒会長が学内対抗戦のMVPから選ばれることが多いのか。まあその理由はこれにあるな」
そう言って、前生徒会長は学外対抗戦について説明を初めたのだった。
その夜、僕は師匠に前生徒会長と話したことを報告していた。
師匠は教師サイドなのであらかた知っているようだった。
「それ、辞退できねーかなぁ」
師匠は缶コーヒーを小刻みに振りながら言う。
液体が缶に当たる音が周囲に響いた。
「できませんよ。優勝賞金は使の公約を実現するためにも必要だ」
「下手すれば君、探索庁勤務になるぜ」
僕は息を呑んだ。
思わぬエリートコースだ。
各地の支部を束ねるトップレベルの人材の集まりだ。
「いいじゃないですか、探索庁」
「その探索庁が、どうもきな臭いんだよなあ」
「と言うと?」
「バンチョー君の例を忘れるな」
師匠は目を鋭く細めて言う。
僕はどきりとした。
「彼は探索庁勤務になった途端にアークスに引き抜かれた。それに、私達の活動実績から彼が有能だと言うことが筒抜けになっていた可能性がある。もしかすると」
「もしかすると?」
「アークスは探索庁と極めて親密な仲にあるのかもしれない」
僕は息を呑んだ。
それでは相手が官軍ではないか。
アークスは異界を使った実験のために一般人の巻き添えも厭わない過激集団。
その黒幕が国ならば。
表沙汰にできないレベルのスキャンダルだ。知られれば世界に激震が走るだろう。
「君はナンバースに引き抜くつもりだ。君まで引き抜かれたら正直困る」
「いえ、僕はアークスの誘いがあろうと断りますが」
「断ってはいそうですかで済めばいいがね」
そう言って、師匠は座っているベンチに片手を置いて体重を預ける。
「ともかく、学外対抗戦は出ますよ。徹がいないのが痛いですが。それにしても禁断の異界でしたっけ。どうして徹を誘わなかったんです?」
「誘ったが丁重に断られた」
意外だった。徹なら乗ってきそうなものだ。
「私やコトブキがいたら頼ってしまうから駄目なんだと」
「徹はしっかりしてるなあ」
「私達も余裕を持つより三人で綱渡りの方が確かに良い修行になるかもしれん」
そう言うと、師匠は缶コーヒーの中身を飲み干して、ゴミ籠に投げ捨てた。
乾いた音が深夜の公園に響いた。
「副会長は天野。会計は優子ちゃん。後は書記と庶務だな」
「本格的な始動は秋の文化祭からでしたよね」
「一年でも目ぼしい子には唾つけとけよ~。入部希望者がちらほら出てきてるからそこらも部長の君と意見をすり合わせたいところだね」
「部長で生徒会長かあ……」
まったく、柄ではないとはこのことだ。
本来ならこのポジションには徹が座るべきだった。
それを奪ってしまったような変な後ろめたさが、ある。
「モテ期も来てるしな。好事魔多とも言うし気をつけなよ」
「了解です。つっても半分夢じゃないかと思うこともありますしね。優子と付き合えてるのもなんか時々夢なんじゃないかと思う」
「それを聞いたら優子ちゃんも泣いちゃうよ。よっこいしょ」
師匠は立ち上がり、手を組んで伸びをする。
「今日は雑談でもして解散するか。私ももうすぐ正式に生徒会の顧問に選ばれるだろう。今のうちに目ぼしい一年の話や入部希望者の話もしておきたい」
「師匠が顧問なら心強いです」
「そうかい? 君の学外対抗戦の参加希望書を握りつぶすことも出来るようになるんだぜ?」
「それは……困りますけど」
本気で困る。
学外対抗戦の賞金がなければお菓子の自販機も花のアーチも夢のまた夢だ。
「ま、精々一所懸命にやりなよ。今という時期は一度しかない。その時期に生徒会に部に奔走できるのは本当にいい経験だと思う」
「そうですね。緑が協力してくれて皆が僕を選んでくれた。無駄にはしたくないです」
「……これは学外対抗戦に出る気満々なんだろうなあ」
「もちろんですよ」
「君も随分明るく前向きになった。そろそろ陰キャの看板を下ろせばどうだ」
「性分です」
けど、確かに前向きな自分に違和感を覚えることは時々ある。
「師匠がきっかけをくれて、それは自信となった。自信は人間の芯です。師匠が僕を変えてくれた」
「うん。もう少しへこませてやった方が良かったな」
師匠は真顔で言う。
こういうところがなければこの人は良い人なのになあと思う。
「まあ、天界を巻き込む計画第一歩。見事完遂したと思う。流石私の弟子だ」
「プリンのおかげですよ。次に師匠のくれたユニコーンのカードのおかげです」
「私はプリンの次か。言うようになったな」
「なんかどのルートを辿ってもこの結果に辿り着いた気がするんですよね。使が生徒会選挙に出るとなったら師匠は僕を対立候補に上げたでしょう?」
「そうなるな」
「そしたら、学内対抗戦の結果なんて関係ないじゃないですか」
「君にしては一理ある」
師匠は空に視線を向ける。僕もつられて空を見あげる。
月と星々。
田舎の綺麗な空がそこにはあった
「年々暑くなるなあ」
「そうですか?」
「十年前はもっと涼しかった」
「言われてみればそうですねえ」
「禁断の異界の許可が下りるまでまだ暫くかかりそうだ。今のうちに生徒会を形にしておくんだな」
書記と庶務。
二つの席は未だ空欄だった。
「就職活動の足しにでも先輩を誘いたいんですけどね。バイト忙しいから無理だろうなあ」
「明日話だけでも持ってってみればどうだい。どうせ屋上にいるんだろう、昼休み」
「そうですね。そうしてみます」
「忙しくなるぞ」
師匠は予言するように告げた。
「生徒会の構築、期末試験、新入部員の選別、禁断の異界通い。体が一つじゃとても足りないな」
「分身でもしますか」
「そいつあいいな。冗談にしても上等だ」
「いえ」
僕は少し躊躇いつつも言う。
「僕のユニークスキルらしいんですよね」
僕の言葉に、師匠は目を丸くした。
続く




