違うよ
この日、第一体育館に生徒全員が集まった。
次々と投票されていく中、僕と使は壇上で結果発表を待つ。
横に並ぶとあらためて感じさせられる。
使という人間の見目の完成度の高さ。
これではこちらが引き立て役だ。
ついに、最後の一人の投票が終わった。
開票だ。
現生徒会のメンツが次々に投票用紙を開いていく。
そして、結果が生徒会長の口から発表された。
「天野使、五十二票」
その言葉に、使は目を見開いた。
「コトブキ、四百七十三票。結果、コトブキを次代の生徒会長とします」
拍手が巻き起こる。
「コトブキ、一言を」
嘘のようだ。
純子の情報は何だったのだろう。
蓋を開けてみれば圧倒的な勝利ではないか。
生徒会長に促されてマイクの前に立つ。
何を話せばいいかわからない。
思いつくままのことを徒然と話す。
「あー、投票ありがとうございます。公約に違わぬよう努力していくので、なんでも頼ってください」
その時のことだった。
「プーリーン! プーリーン!」
生徒の一部から、声が上がった。それは波紋のように広がって、会場がプリンコールで埋め尽くされた。
なんだ、そんなことか。
皆、最後の最後でプリンに釣られたのだ。
緑の案は見事的中したということか。
「静粛に。せーいーしゅーくに!」
生徒会長が慌てて事態の収集を試みる。
声は弱まり、徐々に消えていった。
「自販機の誘致の交渉もします。なんならうちの部の部費を使ってもいい。それでは、一年よろしくお願いします」
「結局、最後は物欲……か」
使が溜息混じりに言う。
「悪魔やリボ払いと契約する人間が絶えないわけね」
使は悔しげではなかった。
こんなものかと思っているようだった。
「もう一つ、お知らせがあります」
僕は言葉を続ける。
「天野使さんを副生徒会長に迎え入れたい」
今度こそ、使は目を見開いた。
「使さんの花の案は凄く良かった。あれも、実現していきたいんです」
万雷の拍手が体育館を埋め尽くした。
僕はそれを聞きながら、自分の判断が間違っていないことをあらためて実感した。
使の、未来の後輩達に託していく校舎というコンセプトは捨てるには勿体無い。
なら、副会長として存分に働いてもらうのが妥当だと思うのだ。
「ということだ。頼むぜ、使」
使は暫し呆然としていたが、苦笑した。
「優子さんを副会長にするものだとばかり」
「それこそ顰蹙物だよ」
僕は情けない表情になる。
「いいでしょう」
使は微笑んだ。
「この校舎を花で彩ってみせます。人間達の心の癒やしになるように」
僕も微笑む。
少しだけ、この天使の人間性みたいなものを感じ取れた気がして嬉しかった。
放課後、僕は教室を出た緑と笹丸を追った。
廊下で追いつく。
「緑!」
緑は振り向きもせずに立ち止まる。
「ありがとう。お前の案がなければ勝てなかった」
緑は少し沈黙していた。
笹丸が困ったようにこちらと緑を交互に見る。
「違うよ」
緑がついに放ったのは、そんな一言だった。
「馬鹿め」
苦笑交じりの声でそう言うと、緑は去っていってしまった。
何が違うのだろう。
しかし、こちらも引き継ぎと新生徒会の構築の仕事がある。
追いかけている時間はなかった。
+++
緑は鼻歌でも奏でたいような気分で歩いていた。
コトブキは自分にとってかつての友だ。
それが今更大勝を収めたからと言ってこんな上機嫌になれるとは、自分で自分が不思議だった。
「コトブキの奴、本気でお前に感謝してるみたいだぜ」
笹丸が呆れたように言う。
「馬鹿だよな」
緑は苦笑する。
「皆の目に焼き付いてるんだよ。あいつの活躍が。だから選ばれた。あいつは正当な理由で選ばれたリーダーだ」
笹丸はしばし、優しい目で緑を見ていた。
緑は戸惑う。
「なんだよ」
「いや。お前も十分馬鹿だよ」
そう言うと、笹丸はさっさと前を歩いていった。
緑は立ち止まってしばし言い返す言葉を探していたが、そのうち苦笑して後に続いた。
(頑張れよ、リーダー)
この日のゲームセンターはいつもより楽しくなりそうだ。
そんな予感が、あった。
続く




