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転校生

「今日は男子諸君に嬉しい報告がある」


 ホームルームの時間、クマゾウが珍しくそんなことを言い出した。

 ざわめきが教室を支配する。


「美人の転校生だ」


 ざわめきがどよめきへと変化する。

 皆興味津々の顔で、教室の出入り口に視線を送る。


 すると、扉が開いた。


「先生。ハードル上げないでください」


 開けた扉から入ってきた少女は困ったように言う。


「まあまあ。今日から皆と一緒に訓練に励む三笠君だ。よろしく頼むな」


「三笠恵と言います、よろしくお願いしいます」


 扉を閉めると、恵は深々と頭を下げた。

 確かに、美人だ。

 グラビアアイドルだと言われれば信じてしまいそうな顔の整い具合。体型もスマートで軽々と持ち上げることができそうだ。


 ただ、一つだけ問題がある。

 彼女と僕は、初対面ではない。


「あら、貴方は……」


(馬鹿、こっちに話を振るな)


 僕は視線を逸らす。

 それは今日の朝の通学路での出来事だった。




+++




 僕と優子は話しながら歩いていた。

 途中で笹丸と緑も合流し、仲良し四人組の登校となる。


 徹のことを考えなくなって久しく時間が経っていた。

 思い出したのは、師匠との別れで、徹との別れも思い出したからだ。


 今、何処で何をやっているのだろう。

 僕が力を持たなければ、あのままの関係でいられたのだろうか。


 けど、最近思う。

 一方が一方を救ってばかりいるのは対等の関係ではない。


 だから、僕と彼との関係をリセットするために、別れは必要だったのだろう。

 次に出会った時にどんな関係になるかわからない。


 今は、それが楽しみだ。

 師匠ならきっと、良い傾向だと言ってくれただろう。

 その師匠も、今はいないが。


 去っていった者もいれば、新しく加わった者もいる。

 笹丸と緑という新しい友達との時間を、今は大事にしようと思った。


 そう思っていた時のことである。


「きゃっ」


 小さな悲鳴が上がった。

 曲がり角で僕は女生徒とぶつかってしまったのだ。


「ごめんなさい、大丈夫ですか? 急いでいたもので……」


 女生徒も僕も尻もちをついている。

 雨じゃないのが不幸中の幸いだ。


「大丈夫だよ。君は?」


「大丈夫です。優しいんですね」


「え?」


 予想外の反応に僕は戸惑った。


「ぶつかってきた相手のことまで心配するなんて」


「いや、普通のことだよ」


 照れて頬をかく。


「機会があればまた会いましょう。では」


 そう言って女生徒は駆け去っていった。


「機会があればまた会いましょう。だってよ~」


 体をくねくねさせながら笹丸が言う。


「脈あり、だな」


 緑が楽しげに言う。


「そんなんじゃないさ」


「非常識よ。人にぶつかってくるだなんて」


 優子は何故か不機嫌だ。


「怪我がないから大丈夫だよ」


 優子を落ち着かせるように言う。


「そういう問題かなぁ」


「漫画とかだとこの後主人公コトブキはヒロインである彼女と教室で再会するんだよな」


「そうそう、そこからヒロイン同士の主人公の取り合いとなるわけだ」


「そんなにモテそうに見えるか? 僕が?」


 呪詛を吐くように言う。

 笹丸と緑は一瞬気まずげな表情をした後、僕の肩をそれぞれ一つずつ叩いた。


「悪かったよ、主人公」


「ほんの冗談。お茶目な冗談だ」


 それが、朝の出来事だった。



+++



(これじゃあ漫画だよ。しかも数十年前のベタなやつ)


 僕は頭を抱えた。


「貴方もこのクラスだったんですね」


 恵は僕の気も知らずに明るく話しかけてくる。

 太陽のようなオーラに僕の持ち前の陰気なオーラは掻き消されていく。


 苦手だ、こういうタイプは。

 徹みたいな主人公タイプの人間が相手すべき客だ。


「あれ、人違いでしたか?」


「いやいや、合ってるよ」


「コトブキも愛想が悪いよなあ」


 ここぞとばかりに不良二人があっち側につく。


(薄情者め……)


「聞いたら吃驚するぞ。このコトブキ。なんとユニコーンのホルダーなんだからな」


「ユニコーン……聖獣のホルダー?」


 恵は目をぱちくりとさせる。


「そう、いかにも」


 そう言って笹丸は僕を手で指し示す。


「こいつこそ、いかなる異界で敵なしの聖獣のホルダーだ」


 やんややんやと教室全体が僕を囃し立てようとする。


(勘弁してくれえ……)


 そんな願いも届く間もなく、ユニコーンのホルダーはまた教室に話題の種を提供したのだった。




+++




「漫画みたいだね」


 優子が顔をしかめて言う。


「だろ」


 僕は半ば諦め混じりに言う。


「まあ今まで机を囲んでた連中が多少はあっちに言って正直助かってる」


「社交的そうだったもんねえ。取り巻き全部取られちゃうぞ~」


「取り巻きなんていらないさ」


 優子さえいればいい。

 その一言が、中々言えない。


「おう、コトブキ。今日は文化祭の出し物の案を募ろうと思うんじゃが」


 実質的部長の番長が話しかけてくる。


「いいですね。じゃあ僕が無難なのなんか考えときますよ」


「助かるわい。俺ァどうも発想が貧困での。新入部員ならそこらも得意かもしれんが」


「新入部員?」


「顧問に聞いとらんか?」


 聞いていない。

 うちの顧問は幽霊部員ならぬ幽霊顧問で、なんというか異界にトラウマを持っているらしく、本当は顧問になりたくもなかったのを絶対に連れ出さないからという約束で番長がその役職につけたという曲者だ。


「新入部員の名前は三笠恵。お前の同級生のはずじゃがのう」


 優子が凄い顔になっていた。

 目を見開いて、口をぱくぱくさせている。


「まあ、ラブロマンスは始まらないでしょうけどね」


「そりゃそうじゃろう。お前さんはそういうタイプではない」


 そうと断言して高らかに笑うと、番長は去って行ってしまった。

 口をぱくぱくさせている優子と僕だけがその場に取り残された。



続く

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