前向きな検討
また、ビルの中にいる。
徹は行ってしまった。
残された僕にできることはなんだろう。
当面は師匠との修練で実力を地道に伸ばすことだろう。
異界に冒険に行くには少しメンツが足りない。
恵に前衛を兼任してもらう手もあるが、そうなるとヒーラー不足になる。
そこは師匠をアテにしてもいいのだろうか。
隣には優子がいる。
優子は太陽のような眩しさで微笑んでいた。
その時、僕は頭部に衝撃を受けて夢から覚めた。
学校の机で寝ていたらしい。
昨日は色々なことがありすぎて流石に疲れた。その疲労が如実に出ている。
顔を上げると、教師が丸めた教科書を持って、腕組みしていた。
「将来安泰な奴は余裕があるな」
教室のあちこちから好意的な笑い声が漏れる。
「一応起きとけよ。内申点には響かない程度にしておけ。さ、授業再開するぞ」
そう言うと、教師は教壇に戻っていった。
あの後師匠に確認したら、学内対抗トーナメントの優勝者が生徒会選挙に登録されるのは事実だそうだ。
今のうちに生徒の興味を引く公約を考えておけと言われた。
無理だ。
僕は陰キャだ。
人に好かれる手段をぽいぽい思いつくなら既にやっている。
どうしたものだろう。
どうにか降りれないだろうか。
流石に対抗馬に圧倒的大差で負けたりしたらまた学内での僕の立場が悪くなる。
さじ加減が難しところだ。
(なんか、魔界に圧倒的な実力を持つジエンドが控えてるなんて嘘みたいに平和だな……)
それもそうだろう。ジエンドの存在をここの誰もが知らないのだ。
あの気配。
数十人でかかっても一蹴されるだろうという確信があった。
陽射しが温かい。
再びうとうととしてきた。
僕は頬をつねって、必死に眠気と戦った。
教室は違和感を覚えるぐらいに平和だった。
昼休み、敷地中央の大樹の下に行く。
優子と恵は既に着いていた。
後は純子と屋上で昼食を食べている先輩が揃えば僕の部の部員は勢揃いだ。
緑と笹丸が抜け、徹は修行に出て、随分と寂しくなったものである。
「お疲れ」
そう言って、僕は優子の隣に座る。
恵は立って菓子パンを食べていた。
優子は僕の膝の上に、二つ弁当箱を乗せる。
「ごめんね、うっかりしちゃって」
「いいよ。優子の弁当、美味しいし」
「けど飽きない? 二つも同じおべんとで」
「飽きないよ。美味しいもん」
「もう」
やれやれ、とばかりに優子は苦笑する。
しかし、悪印象は与えていないようだ。
弁当箱を開いて、箸をつける。
食べたスコッチエッグは、美味しかった。
ふと、気になったことを訊ねた。
「優子は、僕が生徒会長になったら嬉しいか?」
優子は目を丸くした。
考えたこともない、といった感じの表情だ。
優子は唸ると、天を仰いだ。
「そうだねえ。コトブキは生徒会長になってもならなくてもコトブキだよ」
優子らしい回答だ。
僕は箸を進める。
「けど、生徒会長になったら、これが私の彼氏なんだって自慢しやすくなるかなあ」
そう、悪戯っぽく付け加えた。
箸を進める手が止まる。
「そっか、自慢しやすくなるかあ」
「うん。自慢しやすいね」
「嬉しい?」
「コトブキの素敵さを自慢できるのは嬉しいよ」
「そっかー……嬉しいか」
僕もちょろいものだ。その一言で、気が変わった。
優子が嬉しいなら、僕は生徒会長を目指そう。
と言っても、相変わらず効果的な公約は思いつかないのだが。
けど、苦手なことから逃げているような心構えでは、いつまでもジエンドの域には辿り着けない。そんな気がしていた。
「ラブラブですねえ……」
やれやれ、といった感じで恵が言う。
「付き合いが長いからなあ」
僕は再び弁当を食べながら言う。
「琴谷先輩ー。今日友達連れてきたんですけどいいですかー?」
そう言って、純子が駆けてくる。
見事に女子ばかりだ。
今日は女性密度が高すぎて居心地が悪い。
バンチョーは卒業し、緑と笹丸は去り、徹は旅立った。
気がつくと部のメンツで男性は自分だけだ。
これは生徒会長になって男性部員を集めなければなあ。
そんなことを、思った。
「いいよ。けど、その代わりにその子達にも生徒会選挙の手伝いお願いできないかな」
「やる気出したんですね。それでこそです」
そう言って、純子は嬉しげに微笑んだ。
優子も、静かに微笑んでいた。
周囲の人々が喜ぶなら、やりがいがあるというものだ。
「早速対立候補が立候補したそうですよ」
そう言って、純子は僕を挟んで優子の逆隣に座る。
そして、様子を見ていた女子達を手招きした。
「対立候補?」
「無謀ですよねー。将来を嘱望されているユニコーンのホルダー。学内対抗戦の優勝者でMVP。琴谷先輩に挑もうだなんて」
「無謀かなあ……」
「無謀ですよ。しかもその子、転校生なんですよ?」
転校生。
その一言が、引っかかった。
「その転校生、名前はなんつーの?」
「天野使。昨日転校してきたばっかりの一年生です」
天野使。天界の使者。
考えすぎか?
いや、恵は転校生が天界からの使者を自称していると言っていた。
これは思わぬ直接対決になりそうだ。
僕は弁当の味がわからなくなってしまった。
続く




