師弟対決3
カードホールドを失った今、師匠のアクセルイレブンは脅威だ。
相手はナンバースのスピードスター。
伊達にアークスのメンバーを何人も屠ってきてはいない。
だというのに何故だろう。妙に落ち着いている自分がいた。
ジエンドと遭遇した時の絶望感。あの時ほどの実力差を感じない。
そんなことを考えているうちに、師匠は僕の側面に移動してきていた。
見えている。
師匠の動きが、追えている。
槍の一撃を躱す。
師匠が驚きに目を見開く。
その腹部に、一撃を見舞った。
師匠が血反吐を吐きながら吹き飛ぶ。
それを地面を蹴って追撃する。
宙空に吹き飛んだ師匠を上空から地面に叩きつけ、その上で体重を乗せて踏みつける。
そこにさらに蹴りを入れようとしたところで、師匠は視界から消えた。
右だ。
微かに見えた動きから右方向に視線を向ける。
いない。
そう思っていたら、背後から風切音が聞こえた。
それだけで位置関係が把握できた。
半身を逸し、突き出された槍を脇で締め付け、折る。
そして、裏拳で反撃した。
師匠はまた視界から消えた。
これがスピードタイプの厄介なところ。
少しでも集中力を切らせば視界の外から致命の一撃を喰らう。
「パワード、テン!」
師匠が掠れた声で雄々しく叫ぶ。
パワードテン?
師匠がパワードを覚えていたなんて初めて知った。
それだけ、今まで手加減されていたということか。
パワードは筋力向上スキル。
その十段階目の一撃がどれほどのものになるか、僕にとっては未知数だ。
師匠の姿が突如目の前に現れて、僕は硬直した。
紅のように血の滴る師匠の口元の片端が持ち上げられる。
そして、僕は師匠の一撃を腹部に受けた。
筋肉の断裂する音がする。
僕の体の音ではない。師匠の体の音だ。
重い、重い一撃だった。
僕の体は血反吐を吐いて後方へと数歩分後退した。
追撃はない。
師匠の腕を緑色の光が包む。
リジェネ。
自動回復スキルだ。
「パワードテンでも一撃必殺にはならないか」
師匠はそう言って苦笑する。
「だが次はさらに畳み掛けるぞ。右腕の一撃、左腕の一撃、右足の一撃、左足の一撃、全てを叩き込む」
僕は息を呑んだ。
今の一撃は僕にダメージを与えていた。
動きが鈍っているのが自分でもわかる。
それに対して、師匠はリジェネを使っている。
もう、さっき僕が与えたダメージは回復しているだろう。
オールラウンダーにしてスピードスター。厄介な相手だ。
師匠は、また素早く地面を蹴った。
上空。
槍を振りかぶった師匠と、僕の視線が重なる。
僕は拳を振り上げて跳躍する。
師匠は槍でそれを少し叩くと軌道を逸し、地面に先に着地した。
ハメられた。
ここが経験値の差が成せる技だ。
師匠の槍が僕に向かって高速で突き出される。
向かうは心の臓。
殺される。
そう思った瞬間、優子の笑顔が脳裏によぎった。
「うわあああああああああ」
僕は叫んでいた。
魔力、とでも言うべきものだろうか。
それが爆発し、周囲のものを消化する。
師匠の槍は確かに僕の胸を叩いたが、次の瞬間には師匠の体もろとも吹き飛んでいた。
僕は地面に着地し、違和感を覚えていた。
高速で胸を叩かれた。
だというのに何故だろう。
血一つ出ていない。
師匠の一撃は、柄を使って行われていた。
あれまで殺気立っていたのに、何故?
戸惑いながら、僕は倒れている師匠に向かって歩き始めた。
暴力的な衝動は止まっていない。
アクセルイレブンにパワードテンにそれらを補うリジェネ。
今後命を狙われるとしたら、厄介な相手だ。
だとしたら、今のうちに。
(待て、僕は何を考えている?)
人間としての思考が脳裏を過る。
あれだけお世話になった師匠だぞ。あれだけ敬愛した師匠だぞ。
それを僕は、殺そうとしている?
身震いするような思いだった。
しかし、僕の足は止まらない。
そして遂に、師匠を見下ろすまでになった。
(師匠、何故最後の一撃を柄で放ったのですか)
それは、謎としか言いようがない。
切っ先での一撃が放たれていれば、僕が師匠を殺そうとするタイミングなど訪れなかっただろう。
「そこまで!」
恵の泣きそうな声が公園内に響き渡った。
恵は師匠に駆け寄り、ヒールをかける。
師匠の目が、微かに開いた。
「……勝ったろ?」
恵は涙ぐみながら、何度も頷く。
「はい。心の臓を叩いたの、確かに見ました」
「なら、良かった」
そう言って、師匠は再び眼を閉じる。
僕は我に帰っていた。
体の魔物化が解ける。
そこには、一般人の僕がいた。
師匠に喰らった腹部には鈍痛が残っている。
体が重い。
臓器にダメージを受けているのは明らかだろう。
しかし、今はそれよりも確認しなければならないことがあった。
「どういうことだよ、恵さん。勝ったとか、負けたとか」
「試されていたんですよ」
恵は泣きそうな声で言う。
「ナンバースの上層部は、魔物化したコトブキ君が暴走したら歌世さんが止められるかどうかを知りたがっていた。いえ、それ以上に、処分したがっていた。それに抵抗して、いざという時は自分が止めてみせると庇っていたのが歌世さんだったんです」
僕が頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
それが、師匠が僕に喧嘩を売ったわけ。
なんてことだろう。
僕は愛されていたのだ。
師匠を信じきれなかった自分が情けなくて、涙が出てきた。
「師匠、目を覚ましてください。これが今生の別れだなんて、悲しすぎる」
師匠は動かない。
僕はその体を揺さぶった。
「師匠!」
「聞こえ、てるよ」
そう言って、師匠は血を一度吐いた。
その手が、腹部に添えられる。そこから、緑色の清浄な光が放たれ始めた。
途端に、師匠の血色が良くなっていく。
「強いな、君は。パワードテンを使った後はもうちょっと圧倒的に勝つつもりだったんだが」
そう言って師匠は苦笑する。
「師匠こそ、強うございました!」
「はは、ありがとう」
恵が溜め息を吐き、抱き上げていた師匠の体を下ろす。
「治療は終わりました。完全回復したはずです」
「アクセル、パワード、リジェネ。その三つを高レベルで維持するのは中々に集中力を使う。少し、眠る」
そう言って、師匠は数秒もしないうちに寝息を立て始めた。
師匠は、どんな状況にあっても師匠だった。僕を庇うために、僕に挑んでくれた。それが、僕は嬉しかった。
「学校でも少し困ったことになっています。今後のコトブキ君は、色々な団体から監視されることになるかもしれません」
「学校でも?」
思わぬ言葉に僕は戸惑った。
また、アークスのメンバーが学校に潜入したのだろうか。
僕の思考を読んだらしく、恵は口を開いた。
「アークスのメンバーではありません。しかし、今回の転校生はこう語っているのです」
恵は、信じられないとばかりに首を振った。
「自分を、天界の使者だと」
「天界……?」
確かに、魔界があるなら天界もあるのかもしれない。
しかし、異界が発生してから二十年以上。
それは、遅すぎるファーストコンタクトだった。
続く




