誕生秘話
「その頃俺は交通事故で両親を失っててな。一人の時間が長かった。母さんとの食事を繰り返すうちに、家族と暮らしているような感覚になっていたのかもしれない」
ナンバースへの加入。両親の喪失。そして、それを埋めてくれた女友達の喪失。
父の人生は思ったよりも波乱万丈なようだ。
「それからは、母さんの面影を追うような生活になった。髪型が似た女性を母さんと間違えて振り返ってしまったら全然別人だったとか、まあ何度かあったな」
父は苦笑交じりに語る。
「そんな生活が二年程続いただろうか。母さんはひょっこりと帰ってきた」
僕は目を丸くした。
「一体、どうやって?」
「わからん。アークスのように空間を操るすべを身につけたか、はたまた魔界側の協力があったのか。俺は嬉しかった。もう二度と母さんを手放すものかと思った。けど母さんはこう言ったんだ。忘れさせてほしい、と」
僕は息を呑んだ。
「一体、母さんの過去に何が……?」
「わからんところよ。けど、どうやら恋をしていたらしいのはおぼろげにわかった。二度と出会えないなら、忘れたい。この気持ちを抱えながら戦うのは辛すぎる。母さんはそう言っていたんだよ」
僕は意表を突かれた。
魔物との、恋?
「俺はリクエスト道理に母さんの記憶を消したよ。貴重な魔界の情報。しかし、母さんの感情を優先した。ついでにナンバースのことも探索員としての記憶も消去した。もう、母さんが危険な目に合うのはコリゴリだった」
簡単に言うが、他のナンバースや探索員から母の記憶を消すのは地道な作業だったはずだ。
それを可能にしたのは、愛なのだろう。
「俺は母さんに交際を求めた。受け入れられ、半年もしないうちにお前を身籠った。俺は俺で新しい仕事にてんてこまいで、まあ目まぐるしい一年だったな」
収まるところに収まった、という感がある。
「しかし生まれてきたお前は、紫色の肌をしていた」
意表を突かれ、僕は驚いた。
「どういうことなの、父さん。もしかして、俺は魔物の子供……」
「いや、思うにだな。母さんは二年も魔界の食事を摂って魔界の空気を吸って魔界での生活をした。体が影響を受けていたのは想像に難くない。それに、母さんは魔界の何者かと恋をしていた。そう言う行為もしていたのかもしれない」
父はそう言って、溜息を吐いた。
「まあ、お前は人間界の空気に慣れるように普通の黄色人種の肌に変わったよ。一応遺伝子調査もした。お前は間違いなく俺の子供だ」
僕は安堵した。
生まれてきた子供が自分の子供ではなかったら、そんなの辛すぎる。
「まあ、そうして幻術師のカードで色々と隠しながら今に至るというわけだ。お前は魔界の影響を強く受けた体をしている。しかし、魔物の子供ではないよ」
「そっか……」
しかし、疑問は残る。それならば母がただ魔界にいたというだけで紫色の肌になったり角が生えたりするだろうか。
だが、今は与えられた情報で満足するしかないようだ。
僕は立ち上がった。
「父さん、ありがとう。ちょっとほっとした」
「何を寝ぼけている」
僕はどきりとした。まだ何か見落しがあっただろうか。
「母さんの料理がまだだろう。母さん達を呼んできてくれ」
僕は苦笑して、頷いた。
続く




