消えた君に
「ナンバースとはなんだ、とは訊かないんだな」
父は淡々とした口調で言う。
沈黙が場を支配した。
ナンバースは秘密裏の治安維持組織。
知っている方がおかしいのだ。
今更取り繕う言葉も見つからず、僕は口籠る。
「まあ、いい。俺は幻術士のホルダーとしてそこの上層部に一枚噛んでいた」
「幻術士のホルダー?」
初めて聞くカードだ。
「人の視覚に影響を与えるカードだ。幻術を見せたりすることができる。そんな中で、俺に与えられたユニークスキルは記憶操作だった。上層部はそれを重宝し、俺は上層部に一枚噛むことになった」
「父さんが、ナンバースの上層部に……?」
「色々と見たよ。抜ける時に記録はほとんど処理したとは思うが、俺の知る秘密の量を知られれば明日にでも暗殺対象となるだろう」
僕は息を呑んだ。
なんなんだこれは。
父はさっきまで一般人だったはずだ。
それが、今この瞬間から、貴重な情報源となっている。
「話を戻そう。お前の母さんと俺は幼馴染だった。お前の母さんは黄昏の聖女と呼ばれるユニークスキルに目覚め、空間の断裂も効かないことから対アークス戦で重宝されていた。彼女もまた、上層部に呼ばれることが増えた。そんな中で、俺と母さんは再会した。時々一緒に外食する。するのは仕事の話ばかり。そんな程度の関係だった」
「それがどうして夫婦に?」
父は苦笑した。
「まあ焦るな。話もお前の出生の秘密もここからだ」
僕は黙り込んだ。
今は父が語るに任せたほうが良いだろう。
「さて、ある日のことだ。ゲートのない異界が突如この世界に出現した。それは、大量の魔物を吐き出して、アークスもナンバースも共同戦線を張り対策に当たった。母さんも、選ばれた探索員の一人。俺は外でトランシーバーを使って現場指揮に当たっていた」
今日と同じだ。
僕は僅かに興奮を覚えていた。
僕と同じ経験を、僕の両親も味わっているとは。
「雑魚は大体処理できたが、ミラージュという強敵が前に立ちはだかった。そこで戦線は硬直した。異界のボスにも辿り着けず、負傷者は増える一方だった」
そいつは今日僕が倒しました。とは流石に言えない。
「仕方がないので、俺は自らも戦線に立つ決断をした。そして、それ以上に母さんの判断は迅速だった」
「母さんの?」
「母さんはミラージュに一瞬でいいから幻影を見せろと言った。俺はその通りにした。その隙に、母さんはミラージュの横を通り過ぎたのだ」
息を呑んだ。
ミラージュがいるということは、その先にはマアクがいるはずだ。
まさか、母は一人でマアクに挑んだのだろうか?
「そして、突如異界は消えた。俺は悟った。母さんは異界の中心に行って異界そのものを破壊したのだと。俺は必死に母さんを探した」
嫌な予感がした。
マアクを倒し、異界が消えた後、僕達がどこにいたかを思い出したのだ。
「母さんは……魔界に?」
父は目を逸らした。
「そうなのだろう。母さんはどこを探してもいなかった。トランシーバーの反応もなくなった」
母が、魔界に?
帰るすべも持たずに?
思いもしない両親の過去に僕は息を飲むばかりだった。
「母さんは消えた。そして、ついに何年も現れなかった。あの時ほど絶望したことはない。あの日、気づいたんだ」
父は目を伏せる。
「俺は、母さんが好きだったのだと」
「父さん……」
優子が手の届かない所に行ってしまったらどう思うだろう。
それを思うと、父の心情は思うにあまりあった。
続く




