初代黄昏の聖女
「ただいまー」
さて、どう切り出したものだろう。
僕の身に起きた異変の原因について親が知らないわけがない。
しかし、とぼけられたらそれまでだ。
「遅かったわねー」
いつも通りの口調の母の声が出迎えてくれる。
玄関には晩御飯の良い匂いがしていた。
「ちょっと色々あってね」
本当に色々あった。
不可解な異界。四天王との激戦。魔界への突入。ジエンドと会った絶望。
全てが一日のうちに起こったとは信じられないほどだ。
居間に入る。
父が新聞を広げており、母が机の上に料理を並べていた。
「食べちゃいなさい。今日は貴方の好きな照り焼きよ」
「その前に、聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「僕、角生えたんだけど」
母が顔を上げて僕の顔をまじまじと見る。
「生えてないじゃない」
「いや、今は生えてないんだけどさっきまで生えてたっていうか」
恵も困惑するようにこちらを見ている。
「母さん、恵さん、少し外してくれるか」
そう言ったのは、父だった。
「けど、ご飯……」
「頼む」
母と恵は戸惑うように目配せした。
そのうち、母は肩を竦めると去っていった。
恵もその後に続く。
「その他に、異変はなかったか」
父は新聞紙に視線を落としている。
その表情は、見えない。
「肌が紫色になったり、筋力が増したり、まあ色々」
「そうか……」
父は溜め息を吐くと、新聞紙を畳んだ。
「僕、父さんと母さんの子じゃないの?」
父は僕を見た。
優しい微笑み顔だった。
「お前は間違いなく母さんの子だ。そして、俺達の子だよ」
なら、僕の身に起きた異変はなんだったのだろう。
「少し、待て」
そう言って、父は新聞紙を置くと、部屋を出た。
そして、少しして帰ってくる。
その手に持たれているものを見て、僕は目を見開いた。
カードホールド。
異界で手に入れたカードで人間を強化する魔族への対抗アイテム。
それを何故、一般人の父が持っている。
「これも捨てなければと思いながらも今まで持ち続けてしまった。だからかな。お前がそんな状況に陥るのも」
「どういうことだよ、父さん」
僕は声に力を込めて言っていた。
カードホールドを持てるのはMTと探索員だけだ。
父はそのどちらでもない。
一般的な会社員だ。
「簡単なことだ。私はかつてナンバースの探索員だった」
僕は目を見開く。
信じられない、というのが正直なところだ。
「そして、お前の母は黄昏の聖女と呼ばれ、いくつもの戦場を駆けていた」
僕は地面が崩れるような衝撃を味わっていた。
にわかに信じられない。
異界の全てを無効化する、ナンバースにとってもアークスにとっても重要なファクター、黄昏の聖女。
母がそんな存在だなんて。
「昔の話。お前が生まれる前の話だ」
そう言って、父は遠くを見るような表情になった。
続く




