アークス
「何処から話すべきかな」
今回の顛末を聞いた師匠はそう言って星空に視線を向けた。
両足を前後に子供のように揺らす。
その姿に威厳はなく、可愛らしくすら見える。
「君の出会った敵。それはアークスの一員だと私は睨んでいる」
「アークス?」
初めて聞く単語だ。
「知らないだろう」
師匠は僅かに目を細める。
「初耳です」
「政府が隠蔽してるからね。今回みたいな事件で実験的なことをしている。おかしいと思わなかったかい? もっと探索員に犠牲が出ててもおかしくないと」
「探索員は見逃されていた……?」
「そういうことになるね」
そう言って、師匠は二度頷いた。
「私達は掃除屋だ。アークスの戦闘員を相手にこれまで戦ってきた。聖獣のカードを手にね」
「そんな大事なものを僕に……」
正直、期待に荷が重い。
「僕に、何をさせようってんですか?」
「べっつにー。ユニコーンの素早さに私は適応できなくなった。だから、譲っただけさね」
「大丈夫なんですか。こんな大事なカードを譲ってそのアークスとの戦いに支障が起きたりは……」
師匠は微笑むと、唱えた。
「――アクセル」
師匠の両足が輝き始める。
次の瞬間、その体は僕の背後にあった。
「これで十分事足りるんだよね」
振り返った瞬間、それを読んだかのように師匠の顔は僕の右隣にあった。
「メインカードも強い奴はサブカードも大体強い。私は君が気に入った。だから譲った。それだけだ」
そう言って、師匠はブランコに歩いていき、腰を下ろした。
「上の方っていうのは、そういうことですか」
「そういうことだね。アークスは何処かで政治家と繋がっている。表沙汰にならないのはそういう理由だろう」
「じゃあ、師匠は……いえ、師匠達は一体?」
「反アークス勢力と考えてくれれば良いよ」
「うーん……」
実感が沸かない。
この平和な日常の影で暗躍する二つの勢力。
その争いを僕は今日初めて聞いた。
異界の存在そのものが非日常な人もいるかもしれないが、まだティーンエイジャーな僕にとってそれは幼い頃からある当たり前のものだ。
「私と対峙して生き残れた奴って言うと誰だろうな。トウジの奴かな」
「女性みたいな外見の男でした」
「トウジだな。ありゃ異界を扱わせたら超一流だ」
「あんな化物染みたのはそうそういないということですね」
「そうなるね。けど、私の標的は決まった。この地域に異界の種をばら撒く男。トウジだ」
「師匠。給料とかは出てるんですか?」
師匠は軽く頷いた。
「私達も政治家お抱えでね。税金から給料を頂いている身さね」
「はー、勢力争い的な感じもあるんですかね」
「否定はしないな」
そう言って、師匠は苦笑した。
「まあ、君は気にしないでいいよ。今回は君を危険に晒してしまった。けど、そんな醜態は二度と見せないと思ってほしい」
「師匠。動くんですか?」
「ああ。君との毎日が楽しすぎてついつい忘れていた。私は師匠ではなく、その前に戦士なのだと。戦闘訓練も今日で終いだ」
「そんな……」
師匠との毎日は最早僕の日常の一ページだ。
それがなくなるのは、正直辛い。
師匠はなんでも聞いてくれた。学校の他愛もない話。僕にとっては深刻でも世間から見れば本当に些細な悩み。
師匠はいつも笑顔で、僕の心に栄養をくれた。
別れは、辛い。
「欲しい情報は君を通じて大体得た。傾向も掴めた。後は私がトウジを倒せば終いだ」
「また、帰ってくるんですよね?」
師匠は悪戯っぽく微笑む。
「帰ってきてほしいかい?」
「そりゃ、もう」
力を込めて言う。
「潮時だよ。私は私で仕事が忙しくなる。君と遊ぶ時間は仲間に十分捻出してもらった」
「そんな……」
師匠はブランコを飛び降りると、近づいてきて、僕の胸を叩いた。
「そんな顔すんなよ、男の子だろ」
「まあ、そうですけど。女だったら残ったんですか?」
「私そういうの気にしないからなあ」
そう言いつつも、師匠は視線を逸らす。
「縁があったらまた会おう。私の生還を祈っててくれ。ユニコーンのホルダーさん」
「……わかりました。師匠、また会いましょう。約束です」
「そうだな、約束だ」
師匠は白い歯を見せて微笑んだ。
それが、僕と師匠との長くなるのか短くなるのかわからない別れだった。
+++
「コトブキー、そろそろ行くよー」
玄関から優子の声がする。
着替えている最中の僕は、昨日の会話を何度も、何度も、頭の中で反芻していた。
今でも実感が沸かない。
どうせならユニコーンのカードを念のため返しておくべきだったかとも思う。
選択の時は過ぎた。
彼女は去って僕は残った。
着替えを終えて鞄片手に一階へと向かう。
優子の笑顔は日常の象徴だ。
そう、そこは驚くほどに日常だった。
二つの勢力の争いなんて現実味がなくて信じられなくなるほどに。
けどきっと、そのために師匠は苦難の道を進んでいるんだろうと思う。
何故戦うのか。
何故そんなに強いのか。
色々聞きそびれたことはあった。
けど、それはもう終わった話。
師匠のくれた日常なんだと思うと、それがとても貴重なもののように思えた。
続く




