覚醒
「じゃあまずは邪魔な口を塞がせてもらいましょうか」
隼太は淡々とそう言うと、ゴーレムの親指で優子の喉を潰した。
衝撃に僕は身震いする。
優子の命が握られている。その事実の心細さに目眩がする。
「降参とか興ざめなのはなしですよ。散々やろうじゃないですか。拷問ショーを」
そう言うと同時に、ゴーレムの腕が僕の膝に振り下ろされた。
左足の膝から下が血塗れになり骨があちこちから飛び出す。
激痛に意識が遠くなった。
「ふふふ。全校生徒が期待した足もこうなれば完全に治ることはないでしょう」
「コト……ブ……」
優子が潰れた喉でしゃがれ声を上げる。
「五月蝿いなあ」
ゴーレムの腕が僅かに締まる。
ゴキリ、と嫌な音がした。
優子が声にならない悲鳴を上げる。
こんな時に僕はなにもできないのか?
プロだアマだと粋がってこのザマなのか?
優子を助ける手段はないのか?
せめて、優子だけは助けてみせる。
優子を助けたい。
その思いが募った時、周囲から謎の霊気が僕に流れ込んできた。
あれはそう、懐かしいキメラと対峙した子供時代にも感じた気配。
「な……なにをしている?」
隼太が焦ったような声を上げる。
僕は自分の腕を見た。
どす黒いオーラが腕にまとわり付いている。太さは一回り大きくなり、筋肉感が増した。
額には二本の角。
ユニコーンのカードが混沌種への進化を遂げる。
「なにをしているー!」
ゴーレムの拳が正面から僕に向かって流れ込んだ。
それを、僕は片手を出すだけで真っ二つに割いた。
「な、なに!?」
隼太は流石に焦ったようだ。
「よくも優子を甚振ってくれたな」
僕は自分の力に疑問も持たずに呟く。
今はそのことしか考えられなくなっていたのだ。
「同じようにお前を甚振ってやる」
「待って、コトブキ」
優子が言う。潰れたはずの喉で。
「ブレイクスペル」
優子が唱えると、ゴーレムの左腕がばらばらになり、地面に落ちた。
優子は着地する。
地味な僧侶の衣装ではない。光り輝くドレスに身を包んでいた。
その姿に、会場の皆が感嘆の息を飲む音が聞こえる。
まるでそこだけスポットライトが当たっているかのようだ。
「ユニークスキル、オートリジェネ……? まさか、お前、聖女に?」
ゴーレムが数メートル後退する。
「やっと、コトブキと並んで歩ける。同じ景色を見て歩ける。こんなに嬉しいことはない」
そう言って優子は歩いてくると、僕の血塗れの足に触れた。
「ヒール」
足が回復していく。
しっかりと、以前より強く。
そして僕は、両足でしっかりと地面を踏んで立っていた。
混沌種に進化したユニコーンのカードが元の聖獣のカードに戻る。
まるで化かされたかのように僕に起きた異変は消え去っていた。
「さ、おいたした一年坊にしっかり一撃与えといで」
「うん」
僕は頷く。
優子が開放された安堵感に包まれながら。
「デフダド」
優子が唱える。それだけで、ゴーレムの鉄の体が錆色になった。
「一投閃華……」
僕はそう言って槍を掲げる。
「金剛突!」
光が弾けた。
槍は一瞬でゴーレムの交差した腕と胴体を貫通して体育館の壁をも突き破っていった。
「ぐっ」
ゴーレムの体がバラバラに落ちていく。
その中で、隼太は血塗れになった腹を抑えて崩れ落ちていた。
僕はその頭を踏みにじる。
「本当ならもっと痛めつけてやりたいところだが」
槍をその首筋に突きつける。
「降参してはもらえんかな」
隼太は目を白黒させて、降参だ、降参すると大声で喚いた。
なんだかよくわからないことが続いたが、僕らの準決勝はこうして終わったのだった。
会場を後にすると、徹が待っていた。
優子が後ろから抱きついてくる。
「コトブキ、足引っ張ってごめんね」
「無事なら、それでいいさ」
僕は苦笑交じりにそう言う。そして、真顔になった。
徹は、僕を見通すように目を細めていたからだ。
「さっきの異変。お前は自覚しているのか?」
徹は試すように言う。
「いや、わからない。なんか知らないけど、ゴーレムの拳を割いたような夢心地の記憶はあるんだが……」
「一度聖獣のカードの元の所有者か、親に、訊いたほうが良い。自らの出生かカードの成り立ちを」
徹は真顔でそう言うと、準決勝の会場へと向かっていった。
「どうしたんだろう、徹」
「それはそうだよ。コトブキ、自分の力でユニコーンのカードを混沌種に進化させちゃったんだよ?」
あらためて言われると、それは凄い不吉なことだ。
混沌種のカードは、基本悪魔が関わらないと発生しないということになっている。
「けど、僕は人間だ」
「わかってる。けど、だからこそ確認するべきじゃないかな」
優子は優しく言うと、僕の頭を撫でた。
「ご苦労様、コトブキ。これからはもっともっとコトブキの力になるからね」
そう言って、優子は清々しく微笑んだ。
「そう言えば、優子。聖女のカードになったって……」
優子のカードを見る。確かに今までのフードを被った僧侶のものではなくドレスを着た女性のものになっている。
「コトブキを助けたい、助けたい、自分が不甲斐ないって考えてたら、なんかわかんないけどこうなっちゃった」
あっけらかんと言って優子は苦笑する。
僕も苦笑した。
「僕も同じだ。優子を助けなきゃって思ってたら異変が起きてゴーレムの腕を割いてた」
「結局、お互いが好きすぎるんだね」
「照れるようなこと言うなあ」
僕は真剣に優子の顔を見る。
「これからも、僕の傍にいてほしい」
「うん」
目と、目が合った。
優子が目を閉じる。
僕は一瞬震えながらも、その唇に唇を押しあてた。
唇と唇が触れ合う程度の軽いキス。
けど、一生に一度しかない初めてのキス。
なんだかんだで波乱があった準決勝もこうして終わったのだった。
続く




